大手電力の送配電部門の分離という長年の懸案に新たな動きだ。
内閣府の有識者会議が2023年3月2日、送配電部門を資本ごと切り離す「所有権分離」を提言したのだ。電力大手の送配電子会社が持つ新電力の顧客情報漏えいなど不正が発覚して、分離論に弾みがついたかたちだが、電力会社側の抵抗は必至で、議論は一筋縄ではいきそうもない。
電気料金の自由競争目指し、2020年に「法的分離」したが...
電力は公益事業として規模の経済が働くことから、地域ごとに事業を独占的に行う「地域独占」が長らく当然とされていた。しかし、非効率な経営が問題視されるようになり、1990年代から徐々に改革が進められてきた。
新電力の参入などから始まった改革は、2016年に小売りが全面自由化され、大手、新電力が入り乱れて自由に競争できるようになった。このなかで、発電・小売部門と送配電部門の分離が大きな議論になった。
一言でいえば、電力改革は競争を通じて料金の値下げを目指すものだが、送配電網は競争になじまないから、これを切り出し、競争が可能な発電、小売りの部分で市場メカニズムを働かせようという狙いだ。
ただ、その場合、公正な競争条件の確保が大きな問題になる。
特に、10電力が抱える送配電網を、新電力を含む発電事業者が公平に使えることが最重要とされた。切り離された送配電部門が、大手、新電力の別なく、公平な条件で送配電網の利用料(託送料)を徴収するということだ。
具体的には、送配電事業を大手の子会社として資本関係を維持する「法的分離」と、資本関係も切り離す「所有権分離」の2通りを中心に議論され、法的分離が選ばれた。2015年に改正電気事業法が成立、2020年に分離され、沖縄を除く9社が送配電部門を子会社化して今日に至る。
法的分離の場合、資本関係はあっても、送配電会社として、親会社である大手電力と、新電力を公正に扱うことが必須。具体的に、送配電会社は新電力と契約した消費者の氏名、住所、毎月の使用電力量などの情報を持つことになり、この情報を大手電力が見ることは法で禁止された。
にもかかわらず、この公正競争のための大原則を根底から揺るがせたのが2022年12月以降に明らかになった大手電力による新電力の「顧客情報不正閲覧問題」だ。
J-CASTニュース 会社ウォッチが「『新電力』顧客情報、不正閲覧が発覚...電力大手にまん延 不祥事続く電力業界、問われるコンプライアンス 電気料金『値上げ申請』への影響は?」(2023年02月03日付)で報じたように、まず関西電力で発覚した不正は、これまでに大手10社中7社で判明している。
大手電力による新電力の「顧客情報不正閲覧問題」発覚...新電力撤退で、電気料金高騰の「可能性も否定できない」
不正閲覧を問題にしたのが、内閣府の有識者会議「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」だ。2050年カーボンニュートラル実現のカギを握る再生可能エネルギー拡大の障壁となる規制等を総点検し、必要な規制見直しや見直しの迅速化を提言するため、20年に設置された組織だ。
この現在の所管大臣が、河野太郎消費者問題担当相。折しも、エネルギー価格高騰を受けて、大手電力7社が電気料金値上げを申請。許認可権を持つ経済産業省で審査中だが、河野氏は23年2月、一部大手電力から、値上げについて消費者相の立場で異例のヒアリングをし、大手電力と「対決」したばかり。
こうした経緯を経て有識者会議は3月2日、「所有権分離」を含めた構造改革を含む提言をまとめた。
この中で、不正閲覧は「新電力が大手電力の小売部門と競争することを著しく困難にする」と指摘。「新電力が不当に撤退を余儀なくされたり、電気料金が高騰したりした可能性も否定できない」と指摘し、罰則の強化などとともに、所有権分離を求めた。
有識者会議は、政府が6月ごろにまとめる予定の「規制改革実施計画」に提言の内容を盛り込みたい考えだが、政府案として採用されるかは不透明だ。
大手電力は所有権分離に抵抗感...かえって電気料金が上がる可能性も 経産省、現状の仕組みによる規制強化の考え
所有権分離には大手電力が抵抗してきた経緯がある。
基本的に貯蔵できない電気は、消費量と発電量を常に一致させる必要がある。また、発電所で作られた電気は送電線や配電線を通って消費者へ届けられるため、発電所と送電線は長期的視点で歩調を合わせて整備する必要もある。したがって、停電への迅速な対応を含め、所有権分離では一体的な運営ができにくくなるマイナスが大きいというのだ。
大手電力は、巨額の投資を必要とする電気事業はグループ経営ができなくなると、資金調達に支障が出る恐れがあるとも訴える。送配電は資産を持って託送料という安定的な収入を得られるが、それと完全に分離された発電事業の収益性が落ちて、かえって電気料金が上がる可能性を指摘する声がある。
大手電力の主張も踏まえ、経産省は所有権分離でなく、現状の子会社のまま規制強化で対応する考えを示している。
本来、電力自由化の在り方を改めて議論する格好の機会にもなりえるところだが、足元の電気料金高騰に目を奪われ、腰を据えた議論がしにくいのも確か。防衛費増倍増や原発回帰では超特急で結論を出した岸田政権が、電力ではどう議論をまとめるか。国民の懐に直結するだけに、要注目だ。(ジャーナリスト 白井俊郎)