自分語りは厳禁
ゼミでの「作法」も紹介している。社会人院生がやりがちな失敗のひとつが、学問の知識を用いて議論する場なのに、「自分の経験」に基づいて話してしまうことだ。社会人経験が長い人ほど、発表が「自分の経験=自分語り」にスライドしてしまいがちだ。
しかし、こういった発言は、社会科学の研究としてどの程度の妥当性があるのかを示していない。ゼミでの発言するときに、よって立つべき根拠は学問的な知識だ。
すでに先行研究で示されているなど、学問として明らかになっていること、それに基づいて疑問に思うこと、あるいは自分自身が調査して集めてきたデータとその分析の結果などだ。調査の方法、修士論文の書き方についても懇切丁寧に教えているので、参考になるだろう。
本書の特徴のひとつが、体験者によるさまざまなコラムが掲載されていることだ。たとえば、デザイン会社で働きながら、アートマネジメントを大学院で研究する人は、長期履修制度を利用。2年で修了するところを3年かけて在籍し、無理をせずにじっくり研究できたという。
また、子育て後に40代で進学した女性は、「なぜ自分は仕事をやめなければならなかったのか」を研究するために大学院に入ったそうだ。多くの女性の社会的状況を論文に書いたことで、気持ちが整理できたという。
大学卒業後に、ある県の県庁に勤めていた女性は、子育てが終わる時期に、自己啓発休業を利用した大学院に入った。修了後は復職したが、大学院で学んだ課題に取り組みたいと退職。市議会議員選挙に立候補し、議員になった。大学院で学んだ、調査、分析、執筆というプロセスが役立っているという。
その一方で、マウントを取りたがる社会人院生への苦情や同じ内容の研究を何度も発表し、結局辞めていった50代の社会人院生がいたことに触れたコラムもあった。
「もっと勉強する」という意欲は大切だが、主体的に勉強すること、学問の方法論を身につけるなど、大学院特有の厳しさがあることは、もっと知られるべきだろう。(渡辺淳悦)
「社会人のための文系大学院の学び方」 齋藤早苗著 青弓社 2200円(税込)