「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~ケーススタディで考える現場マネジメントのコツ」では、現場で起こるさまざまなケースを取り上げながら、「上司力を鍛える」テクニック、スキルについて解説していきます。
今回の「CASE24」では、「職場のエンゲージメントを高めて新入社員の離職を防止しよう」との人事部長の訓示に悩むケースを取り上げます。
「新入社員に今すぐ働きがいを教えろなんて、無理でしょう?」
【A課長】このあいだの人事部長の訓示、どう思う?!
【B課長(同期の同僚)】ああ。課長たちを集めて、「人的資本経営が求められている時代。職場のエンゲージメント(愛社精神や仕事への熱意)調査データの公表も必要になってくる。今度迎える新入社員たちには、まず各部署でしっかり『働きがい』を教えてほしい!」と言った話ね...。
【A課長】「衛生要因より動機づけ要因が大事だ」とか、「帰属と承認の欲求に気を配れ」だとか(本連載の「CASE23」参照)、学者じゃあるまいし、いろいろと理論だけ並べられても、現実には無理だよな!!
【B課長】まあ、そうだな。数年頑張った若手や中堅クラスならともかく、何の経験もない新入社員に、働きがいを説明してもわかるわけないからなあ...。
【A課長】そうだろ!? 新入社員には、研修とOJTで仕事を教えるのが精いっぱいだ。やっと一人前に働けるようになって、初めてお客さんや取引先と自力でやり取りができる。1~2年苦労するうちに少しずつ創意工夫できる部分が出てくる。そこで初めて、相手にも認められ感謝される。それで働きがいも実感できるわけだろ。いくら説明しても、最初からわかる訳ないよな!!
【B課長】そうそう。ただでさえ今期の目標達成に向けて余裕もないんだからさ、訓示なんて話半分で聞いておけばいいんだよ。
【A課長】そもそも愛社精神を高めるのも、新入社員の離職も。みんな我々の責任のように言われて、勘弁してほしいよ!!
【B課長】まあ、またそんなに憤慨するなよ...。(しかし、実際に新人が来たらどうするかな...)
仕事の目的を考える習慣を身に着けさせる
たしかに、働きがいとは仕事のなかで、各自が能動的に働きかけた結果から得られるもの。自分自身の体験を通して、実感するしかありません。しかし、新入社員はまず仕事の基礎知識や基本実務を一通り覚える研修やOJTに取り組む立場。そこで、自ら働きがいを感じる機会を得ることは、なかなか難しいかもしれません。
それでも、上司や先輩が働きがいを大切に考えていることを示し、その意義や内容をしっかりと伝えていくことは重要です。仕事の経験を積ませる前のオリエンテーションの場でも、この点を心がけましょう。
新入社員に限らず、部下自らが仕事へのモチベーションの維持・向上を図るためには、自分の仕事の真の目的とは何か。常にそこに立ち返り考える習慣を身に着けさせることが大切です。このテーマを考えるうえでの素材として、「3人の石切職人」の有名な逸話が参考になります。新入社員に紹介してもよいでしょう。次のような話です。
一所懸命に作業をしている3人の石切職人がいました。そこで3人に、「あなたは何をしているのですか?」と尋ねました。
1人目の職人は「これで生計を立てているんだ」と不機嫌そうに答えます。これに対して、2人目の職人は「国中で一番の石切の仕事をしているんだ」と少し自慢そうに答えました。そして、3人目の職人は、その目を輝かせながら「立派な大寺院を造っているのさ」と答えたといいます。
同じ石切の仕事でも、その目的をどう理解するか、その目的への高い志を持って行っているかどうかで、働きがいも違ってきます。「より素晴らしい、後世に残るような大寺院を建てよう」と思えば、石の切り方も変わってくるかもしれません。また、その他にも自分ができる工夫や役割があるかもしれないと、進んで新たな仕事を開拓するかもしれません。
同じ仕事でも目的に立ち返ることで、意味合いが変わって見えてくるのです。この逸話は、仕事の目的を考えることの大切さを分かりやすく伝えてくれます。
仕事の目的を深堀りして、共有する
次に、上司は新入社員が担当する個々の仕事について、その目的をできるだけ詳しく丁寧に説明しましょう。単なる作業に見えるルーティン事務であっても、チームや職場全体のなかで果たす大切な役割・意味があり、その出来栄えや積み重ねが及ぼす影響があるはずです。
また、主な商品やサービスについても、お客様に提供する便益や効果がどのようなものか、どんな満足を想定したものかという目的について、深く説明していきましょう。
前項の「石切り職人」の逸話のように、同じ仕事であっても目的は決して単一ではありません。広く社会に貢献できるような、高い志に基づく説明もできるでしょう。また、本人のキャリアビジョンに結びつけて動機づけを図ることもできるはずです。
新入社員の問題意識が高いようなら、上司が一方的に目的を語るだけに留めず、対話型で目的を深堀りしながら共有する方法もよいでしょう。「あなたはこの仕事の目的をどう思う?」と投げかけてみるのです。
いずれも、ポイントはその仕事を担う新入社員にとって納得感があり、より魅力的に感じられる目的を定義づけ、仕事への前向きな動機づけを図ることです。
では、まだ経験の浅い新入社員に働きがいを教えるために、さらにどのような取り組みが考えられるか。<「職場のエンゲージメントを高めて新入社員の離職を防止しよう」との人事部長の訓示...どう行う?【上司力を鍛えるケーススタディ CASE24(後編)】(前川孝雄)>で、解説していきます。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。