企業の法務部門は何をしているのか?

富士フイルムが開発した糖の吸収を抑えるサプリが500円+税で

   企業で働く人にとって、法務部門は何をしているのか、よく分かっていないセクションではないだろうか。本書「キャリアデザインのための企業法務入門」(有斐閣)は、企業への就職を考えている「普通の法学部生」を対象にした、企業法務についての入門書である。

「キャリアデザインのための企業法務入門」(松尾剛行著)有斐閣

   著者の松尾剛行さんは、第一東京弁護士会所属の弁護士。東京大学法学部卒。米ハーバード・ロースクール修了、中国北京大学法学院博士。学習院大学法学部などで非常勤講師として企業法務に関する講義を担当しており、本書はその授業ノートに大幅な加筆修正をしたものである。

リスク管理において、存在感を発揮

   最初に、企業の法務部門は何をしているのかについて説明している。

   法律相談、契約、紛争・トラブル対応、裁判などの業務は、比較的想像しやすいが、それ以外にも、コンプライアンス、法改正その他の新たな状況への対応、知的財産管理、経営へのアドバイスなどを挙げている。

   この他にも、他の部門と共同で所管したり、他の部門の所管になりうるものとして、債権回収、クレーマー対応、労働法務、海外対応、税務、株式関係・取締役会・株主総会対応などがあるという。

   事例をもとに、企業法務における業務の流れを紹介している。

   たとえば、営業部門が、潜在顧客から引き合いがあることから、契約を締結して自社商品を売りたいとして、法務部門に相談をしてきたとしよう。

   法務部門は、依頼者である営業部門と協力して、契約締結に向けた対応を行うことになる。まず、法務部門は、営業部門から情報を収集し、必要であれば、ミーティングも開催する。簡単な案件であれば、前向きな回答をしてビジネスが前に進むことをサポートする。

   基本契約書を締結するのか、まずは1回だけ自社製品を売ることを内容とするスポット契約を結ぶのか、社内ルールに照らし合わせて回答したうえで、契約書案の作成(雛形の修正を含む)といったアウトプットを作成することになる。

   リスク管理も法務部門の重要な仕事だ。経営者はリスク管理体制を構築し、営業部門はそれぞれの取引案件のリスクを直接的に管理する。管理部門においても、人事労務部門は人事労務リスクを、経理部門は税務リスクを管理している。

   したがって、リスク管理は決して法務部門の「専権」ではないものの、リスク管理において重要な役割を果たす、と説明している。

   営業部門から取引の内容を聞き取り、そのリスクの高低を踏まえ、アドバイスをする。前向きに進める場合でも、契約書の中に当該取引をスムーズに行ううえで両当事者が遵守すべき事項や、万が一トラブルになってもスムーズに解決できるために必要な事項を契約条項として記載し、リスクを可能な限り低減するように試みるからだ。

   松尾さんは大学の学部や法科大学院で教えているので、学生から「新卒で企業の法務部門に入ることになったが、ビジネスのことはよく分からない。どうすればいいのか」と相談されるそうだ。

   そうした質問に対し、「法務部門だけで問題を解決するわけではない。多くの人と協力し合い、補い合うから大丈夫だ」と答えているという。

   協力をする相手として、法務部門の上司・同僚、営業部門などの事業部門、法務以外のバックオフィス部門(総務、人事、経理、IT部門など)、顧問弁護士などがいる。

良き法務担当者は、良きビジネスパーソンである

   法務担当者のキャリアについて触れている。

   法務担当者として求められるスキルとして、・事務処理力・ビジネスの理解・法律等の理解・情報収集と分析・文書起案・倫理・組織横断的行動・解決策の整理と提案・交渉・リーダーシップを挙げている。これらの一連の能力のうち、法律等の理解以外はほぼすべて、「一般的なビジネスパーソンに必要な能力」ともいえる。

   だから、「良き法務担当者は、良きビジネスパーソンである」と言い換えられるかもしれない、と指摘している。

   調査によると、法務経験者としての中途採用者が在籍する企業は、67.0%だという。これは法務のキャリアの流動性が高いことを示している。つまり、転職市場でもキャリアの発展性があるということだ。

   第2章以降は、契約法務総論、契約法務各論、BtoC法務、紛争解決法務、知的財産権、労働法務、スタートアップ法務、テクノロジーと法務など個別の実務について解説している。そこで印象に残ったのは、「雛形があれば、1年目の法務部員でも、最低限の仕事ができる」という言葉だ。

   雛形を勉強するのは大変有益なことだ。

   その際、雛形を「無味乾燥な条項の集合体」として読んでも意味がないという。具体的な取引プロセスをイメージしながら、その雛形はどのような取引を想定しているのか、最低限必要な事項は何か、契約書で明示的に合意をしないと適用されるデフォルトルールは何か、雛形はデフォルトルールどおりになっているのか、といった観点から読むべきだ、と説明している。

   ITを導入したLegalTech(リーガルテック)についても言及している。

   法務部門が要らなくなる時代が来るかもしれないとさえ言われているそうだ。しかし、松尾さんは、仮にそうなっても、「良き法務担当者」、つまり、「良きビジネスパーソン」であれば、行う業務の内容は今後変わるかもしれないが、引く手あまただと考えている。

   法科大学院ができたものの、「法曹をめざさない法学部生」への疑問から、各大学の法学部の人気は下がった。だが、本書を読み、認識を新たにした。法務の知識を持ったビジネスパーソンは最強だと思ったからだ。(渡辺淳悦)

「キャリアデザインのための企業法務入門」
松尾剛行著
有斐閣
2090円(税込)

姉妹サイト