中国で重要政策を決める全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が2023年3月5日から始まり、今年の経済成長率目標を「5%前後」と設定する方針を発表した。
これは、昨年(2022年)の目標「5.5%前後」から引き下げたかたちで、IMF(国際通貨基金)が今年の成長率見通しとしていた「5.2%」より低い水準だ。李克強首相が示した経済政策も内容に乏しく、同日のニューヨーク証券取引所では中国株が軒並み下落した。
大丈夫か、中国経済? エコノミストの分析を読み解くと――。
中国経済が回復すると、原油価格高騰が再燃?
今回の全人代では、李克強首相をはじめ、これまで経済政策を担ってきた閣僚らが多く退任し、経験に乏しい習近平氏の側近らから新たな首相らが選出されて習近平指導部3期目の政府の体制が発足する。しかし、地方政府の深刻な財政難などの課題が多く、難しいかじ取りが予想される。
こうしたなか、李克強首相は2023年の国内総生産(GDP)成長率目標を5%前後に設定すると発表。市場予想(5.5%以上)を大きく下回り、中国政府が強力な金融・財政支援策が現時点で検討していない可能性を示唆したとして、中国株の下落を招いた。特に、李首相の在任中最後となる政府活動報告でも、未曾有の不動産危機を緩和する具体的な対策に触れていないことが、市場の期待に水を差した。
ブルームバーグ(3月6日付)によると、ウォール街では「率直に言ってこの(成長目標の)数字は想定外だった。これは不動産や投資に対する大規模刺激策への期待が少なくとも短期的に間違いだったと見なされることを意味すると考える」(JHインベストメント・マネジメントのファンドマネジャー、リ・ウェイチン氏)といった落胆の声が相次いだ。
こうした事態をエコノミストはどう見ているのか。
現在、世界的なインフレの進行と同時に景気後退の懸念が高まっているが、仮に中国の景気回復が早まると、エネルギー消費が甚大になり、世界中のインフレが再加速することになりかねないと、指摘するエコノミストは少なくない。
たとえば現在、原油価格は欧州が暖冬だったこともあり、需要が抑えられて、ロシアの侵攻前の水準に下がった。しかし、景気回復が進む中国の需要が拡大すると、原油高が再燃するリスクがある。
ヤフーニュースコメント欄では、日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員の小山堅氏がこう懸念を示す。
「昨年(2022年)前半は、(米国産WTI先物価格で1バレル)100ドル超の価格推移であったが、その後、世界経済減速懸念でじりじり値下がりし、最近は70~80ドル前後の推移となっている。確かに、侵攻前の水準に戻った、ということは事実だが、80ドルは決して安値ではない」
と指摘。そのうえで、
「OPECプラスが生産調整を実施・強化しており、原油価格を支える方針を堅持している。また、今年後半は世界の石油需給バランスはタイト化に向かう可能性が高い。特に中国の需要が年後半に盛り上がるような場合、90ドルを超えてくる可能性も考えられる。日本にとって、原油価格についても、決して油断はできない状況と言ってよいだろう」
と危機感を募らせる。
報告から消えた李克強首相の「独自色」あるキーワードの数々
今後の経済政策について、李克強首相の報告が例年になく内容が乏しかったことに懸念を示したのが、大和総研主席研究員齋藤尚登氏と、研究員中田理氏だ。
2人はリポート「全人代も習一色、李克強氏の影響力は即排除 2023年の政府成長率目標は超過達成を前提に『5%前後』に設定」(3月6日付)のなかで、面白い分析を試みている。
ときには習近平氏のブレーキ役・調整役を果たした李克強首相は、習近平一色体制になった全人代を最後に、一線を引くことは確実だ。それもあってか、李克強首相の政府活動報告の中には、2023年に関する言及が極端に少なかった。これまでの李克強氏の経済政策には、独自色のある次の5つのキーワードがあった。
(1)「合理区間」=成長率を合理的な範囲にコントロールする。
(2)「簡政放権」=政府の関与・介入の縮小や権限移譲。
(3)「精準」=財政・金融政策は的を絞り精確に、ばらまきはしない。
(4)「大衆創業」=大衆による創業。
(5)「万衆創新」=万人によるイノベーション。
そして、李克強氏が2014年から今回(2023年)の全人代で行なった報告の中で、これらのキーワードが出た回数を計算したのだ。すると、過去にはほとんどのキーワードが(最高では12回も)登場したのに、今回は「精準」が2回登場しただけで、それ以外のキーワードは「排除」された。
齋藤氏と中田氏は、
「李克強氏の影響力は、首相退任とともに即時排除されることが示唆されていよう」
としている。
さらに、2023年の政府成長率目標は、前年比5.0%前後に設定された。昨年が当初目標は5.5%に設定されながら、同3.0%にとどまったことを考えると、今年はその反動が期待できるはずだ。この控えめな目標は、
「2023年は2年連続の目標未達成は許されず、超過達成を前提にやや低めの政府成長率目標が設定された可能性がある」
として、
「新首相発表後にどのようなテコ入れ策が発表されるのか、注目したい」
と結んでいる。
中国経済の回復、短期的に大歓迎だが...あとが怖い
さて、ハードルが低い「5.0%前後の成長率」を中国は達成できるのか。「過度な期待は禁物だ」と注意を呼びかけるのは、第一生命経済研究所主席エコノミストの西濵徹氏だ。
西濵氏のリポート「習政権3期目・ゼロコロナ終了後初の全人代を経て中国経済は? ~今年の経済運営は『安定』重視、目標実現のハードルは低いが過度な期待を抱くことは禁物か~」(3月6日付)によると、中国経済の期待と不安要因は、整理すると次のようなものがある。
(1)当局による性急なゼロコロナ終了で、経済の混乱が景気の足かせとなった。だが、年明け以降、企業マインドは製造業・サービス業ともにPMI(購買担当者景気指数)が、好不況の分かれ目である「50」以上を回復するなど、底入れしている【図表1】。
(2)今年の成長率目標「5%前後」は、ハードルを比較的低く設定されており、過度な政策支援に動くことはない一方、目標実現に向けた安定を重視したと捉えられる。
(3)足元の世界経済は、欧米などの景気頭打ちが懸念されるなか、中国の景気底入れ期待が追い風となることは間違いない。しかし、中国の商品市況の上振れが世界的なインフレ要因となり、新たなリスクになりうる。
(4)さらに中国人民銀行(中銀)は、景気下支えの観点から金融緩和を実施しており、金融市場では「カネ余り」状態にある。
(5)中国国内では株式や一部の不動産でのバブル再燃などのリスクもくすぶる。若年層の雇用回復が遅れており、消費の復活が高所得者層にとどまる可能性もある。
(6)こうした点を考えると、世界経済は短期的には中国景気の回復期待に負うことが見込まれるが、「その後」の展開を見据えると、過度に期待を抱くことは難しいことに留意する必要がある。
日本の「失われた10年」にそっくり、中国がたどる運命
一方、中国では経済活動の実質的な実務を担い、国民生活を支えている地方政府の深刻な財政危機に警鐘を鳴らしているが、公益財団法人・日本国際問題研究所客員研究員の津上俊哉氏だ。
津上氏は、リポート「3期目習近平政権は地方財政改革を急げ」(3月3日付)のなかで、「隠れ債務」も含めてどんどん膨れ上がる地方政府の債務状況をグラフで示した【図表2】。
津上氏によると、地方政府は過去10年、インフラに過剰な投資を行なったり、コロナ対策の景気下支えのために大量の地方債を発行したり、さらに「シャドーバンク」(影の銀行)から借り入れたりして、莫大な借金を背負い込んでいる。
公式の統計には載らない「隠れ債務」が正式の債務の1.5倍以上あるが、最近、中国人民銀行と密接な協力関係にあるIMF(国際通貨基金)の推計によって、借金まみれの地方政府の実態が明らかになったのだ【再び図表2】。
習近平政権指導部が抜本的な対策を打ち出さない限り、地方政府は2026年には金利だけで5兆元(約100兆円)以上を支払わなければならない。これは、日本の政府予算(2023年度一般会計予算案)が過去最大の114兆円だから、いかにケタ外れの額かわかるだろう。行き詰る恐れは極めて高い。
地方政府がかくも借金漬けの財政難に陥った原因はなんだろうか。
「1つは、地方指導者が出世するために経済成長率を他地域と競わされることだ。成長率を上げるために投資を増やす、そのために借金を重ねる...あげくがこんにちの地方の過剰債務だ。
2つめは、中央政府が地方政府にやらせる仕事は増える一方なのに、それに必要な安定財源を地方政府に十分与えてこなかったことだ。地方はやむなく土地払い下げ収入と借金に財源の多くを頼ってきた。地方政府が土地を高く売ろうとする...あげくがこんにちの不動産バブルだ」
すでに財政危機が深刻化した武漢市や大連市では、医療保険の給付が削減されたため、高齢者のデモが起こる騒ぎに発展している。
津上氏はこう結んでいる。
「一部地方で年金の遅配や地方銀行の流動性危機などが生ずる恐れが高まる。それが社会、経済の安定にどれほどの悪影響を及ぼすかを考えれば躊躇している暇はない。
その弁済は中央が肩代わりすべきではないか。そうすれば中央の財政赤字は大幅に拡大するが、救いは、中央財政は地方とは対照的にまだ健全であることだ。
難点は、その道は日本の『失われた10年』にそっくりで、心理的抵抗が強いことだが、リストラの痛みが大きいのも、ゼロ成長も堪えられないのなら、この道を選ぶしかないのではないか。
少子高齢化といい、借金頼みで景気や財政を維持する姿といい、中国は過去の日本にますます似てきた。『日本に学びたい(反面教師として)』と繰り返し言ってきた中国だが、『何を学んできたのか!?』と詰問したくなる今日この頃だ」
(福田和郎)