少子化対策をめぐる岸田文雄首相の国会答弁が迷走する中、対策の「目玉」として突然、話題を集めたものがある。子供の人数の多い世帯ほど、所得税の負担が軽くなる「N分N乗」方式の導入だ。
しかし、導入に向けたハードルの高さが明らかになると、話題は尻すぼみに。「N分N乗」とは一体、何だったのか?末を振り返る。
子供の数が多くなるほど、納税額が軽減されていく...フランスの制度
口火を切ったのは、岸田首相の信任も厚い自民党の茂木敏充幹事長だった。
2023年1月下旬の代表質問で、茂木氏は少子化対策の先進国として知られるフランスが「家族の人数が増えれば増えるほど減税につながるN分N乗方式という画期的な税制を導入した」と紹介。野党からも導入に前向きな声があがり、たちまち少子化対策の大きなテーマに浮上した。
そもそもフランスの制度とはどういうものなのか。
まず1世帯の所得を合算し、これを、子供を含む世帯人数(N)で割って税額を計算。それに再び世帯人数(N)をかけることで納税額を算出する方法だ。
世帯人数(N)で割ったり、かけたりするので「N分N乗」方式と呼ばれる。世帯人数、つまり子供の数が多くなるほど納税額が軽減されていく仕組みだ。
これだけではわかりにくいので、試算してみよう。
控除を考慮しないで、夫婦と子供2人の4人家族を想定。子は1人0.5人に換算するので、「N」は3になる。
年収が夫400万円、妻200万円の場合、現行制度では税率が夫20%、妻10%、所得税はそれぞれ80万円と20万円、納税額は計100万円になる。
N分N乗では夫婦の年収計600万円をN=3で割り、200万円に税率10%をかけ20万円、これにN=3をかけると60万円となり、納税額が100万円から60万円へと、40万円減る計算になる。
導入のハードルは高い...フランスとは異なる税金の仕組み 納税額が少ない世帯は恩恵少なく
ただ、これをそのまま日本に導入することはできない。
そもそも日本の所得税の対象は個人。これをフランスのような世帯課税に改めるには法律の改正が必要になる。
さらに、現状の日本の税率では世帯の収入が同じ場合、夫婦共働きの家庭よりも、一人だけが働く片働きの方が有利に働く。高所得層ほど税負担の軽減が大きくなりやすく、逆にそもそも納税額が少ない世帯には恩恵が少なく、格差がかえって拡大する恐れもある。
税制を所管する鈴木俊一財務相は記者会見などでこうした問題点を挙げ、「(N分N乗方式の)恩恵は限定的で、いろいろな課題がある」と導入に否定的な見方を繰り返した。
火付け役の茂木氏の変わり身も早かった。
2月6日の記者会見で、N分N乗方式を代表質問で取り上げたのは「対策の一つの参考例だ」とトーンダウン。さらに「日本にそのまま導入できるかと言うと課題は大きい」と付け加えた。
導入を求める野党の声も沈静化しており、政界のN分N乗ブームは完全に下火になったように見える。
過去何度も議論に...蒸し返されるのは、少子化対策に「有効な対策が見つからない」
ただ、財務省幹部はこう言って警戒を緩めない。
「これでN分N乗の議論が終わったと思うのは時期尚早だ。N分N乗は過去に何度も議論になってきた」
政府・与党内ではこれまでに何度も、少子化対策の「目玉」として世帯課税の導入が検討されてきた。
2000年代以降になっても導入議論が盛り上がり、政府税調が「個人課税でもN分N乗方式と同様の効果を得られる」と火消しに回ったことすらあった。
なぜ高いハードルがあるにもかかわらず、N分N乗の議論が何度も蒸し返されるのか。 ある政府関係者の見立ては明快だ。
「政府・与党はこれまでに何度も少子化対策の重要性を訴え、対策を講じてきたが、目に見える効果が上げられなかった。有効な対策が見つからない中、藁にもすがる思いでN分N乗に飛びついてしまうのだろう」
にわかに盛り上がったN分N乗方式の導入論は、岸田政権の少子化対策に対する不安の裏返しなのかもしれない。(ジャーナリスト 白井俊郎)