「仁義を切る」「鉛筆なめなめ」「1丁目1番地」「よしなに」......これ、全部「おっさんビジネス用語」なのだが、どういう意味かわかりますか。
昭和のモーレツ社員が当たり前に使っていた言葉の数々が、レトロブームに乗ってSNS上で話題になっている。
それぞれ、いったいどういうビジネスの場で、どう使われたのだろうか。バック・トゥー・ザ・ショーワ!
昭和のスポーツといえば「野球」、ビジネスも「全員野球」精神
昭和レトロを反映して、「おっさんビジネス用語」は過去に何度かリバイバルブームになったことがある。
昨年(2022年)も、若い世代に「おっさん、ビジネス用語ビンゴ」をつくって遊ぶことが流行して、J‐CASTニュース(2022年10月3日付)でも「よしなに・一丁目一番地←意味わかる? 『おっさんビジネス用語ビンゴ」に見る世代間ギャップの楽しみ方』」という記事で取りあげた。
今回、SNS上で再注目されたのは、産経新聞オンライン版(2月28日付)の「『仁義を切って』『鉛筆なめなめ』は通じない? 『おっさんビジネス用語』の使い方と落とし穴」という記事がきっかけだ。さっそく、ニッポン放送(3月1日付)、TBSテレビニュース(3月3日付)などに取り上げられたり、SNS上で「♯おっさんビジネス用語」というハッシュタグが復活したりしている。
そこで、団塊世代の端くれで、昭和40年代(1970年代)後半から取材活動をしてきた会社ウォッチ編集部の「おっさん記者」(というよりジイサン記者?)が、多少の独断と経験を交えて、特に注目されている「おっさんビジネス用語」を解説してみよう。
【1丁目1番地】(意味:最優先課題)
事業の最優先・最重要課題、あるいは企業活動の中心、出発点といった意味。たとえば、全国の県庁所在地の住所には〇〇市〇〇町1丁目1番地というところが多く、その地域の重要ポイントになっている。ちなみに皇居の住所も東京都千代田区千代田1番1号だ。「今度の企画は、わが社の1丁目1番地だから全員、死ぬ気で取り組め」といった感じでハッパを掛ける時に使われた。
【全員野球】(意味:一致団結)
昭和のビジネス用語には、仕事現場を野球にたとえる言葉が非常に多い。というのも、サッカーのJリーグが誕生したのは1991年(平成3年)で、昭和の少年にとってスポーツといえば野球だったからだ。特に高校野球の影響力が大きく、「全員野球」の本当の意味は、監督(部課長)からレギュラー選手(中堅社員)はもちろん、補欠の選手(新入社員)、さらに女子マネ(アルバイトの女性職員)までチーム一丸となって目標達成に突き進むことだ。
そのため、「今回のプロジェクト、全員野球だ!」と上司に宣言されたら、一切文句や批判は許されない。もちろん、誰かが「犠牲バント」(自分を捨てて、組織の勝利に貢献する)を行なうことも含まれる。職場でも草野球が盛んに行われた時代だから、仕事のマインドをプレーによくたとえたものだ。
「部長、すみません。三遊間を抜かれました」(仕事上のミスをする)
「ボールはあちらにあります」(取引上の判断を相手に投げる)
こういった案配で使います。
「仁義」と「気合」がモーレツ社員の意気込みと覚悟!
【仁義を切る】(意味:事前の根回し)
広島ヤクザ抗争を描いた深作欣二監督の映画「仁義なき戦い」シリーズ(1973~74年)から出た言葉。昭和の企業では、各部課の縄張り意識が今より強く、互いにライバル同士の部課長を中心に派閥があった。
だから、組織をまたぐプロジェクトを進める時は、事前に関係する部署のトップに相談しておかないと、「俺はそんな話、聞いていない」「うちの課では一切、協力しない」と、ヘソを曲げられ、余計な横やりを入れられることがあった。こうした事前の根回しを「スジを通す」とも言った。
【鉛筆なめなめ】(意味:ごまかして数字の帳尻を合わせる)
パソコンのない時代、収入支出などの数字は、帳簿に鉛筆で記入していた。不正経理は、上司から命じられても担当者にとって気の重い仕事だ。
だから、実際に鉛筆をなめるわけではなく、上司も「〇〇君、鉛筆なめなめで頼むよ」と、部下に気軽な感じでごまかすよう勧める際に使われた。許されない行為であるが、どことなくユーモアを漂わせている。
【よしなに】(意味:いい感じに・ちょうどよく)
「よしな」は(いいいように・よろしく)といった意味の古語で、古くは女性やお年寄りが手紙で丁寧に頼みごとをする時に使っていた。それがビジネスの世界では、「よしなに頼みますわ」といった感じで、お互いに細かいことを言わずに全面的に任せる際に使われる。
当然、細かい契約書など結んでおらず、頼んだほうも、頼まれたほうも日頃から強い信頼関係がないと生まれない言葉だ。こういうビジネスコミュニケーションを「阿吽(あうん)の呼吸」と言った。
【ロハ】(意味:ただ・無料)
漢字の「只」(ただ)のつくりを分解してできた言葉。
【ガラガラポン】(意味:仕切り直す・白紙の戻す)
企画やプロジェクトが行き詰ったり、トラブルに巻き込まれたりして、グチャグチャになった時に、「もうガラガラポンにしませんか?」などと使う。
語源には説が2つある。1つは昔ながらの福引マシン、八角形の箱を回転させてポンと出て来た玉の色で当選を決めるガラガラ抽選機。もう1つは麻雀で、半荘ごとにガラガラとパイをかき混ぜてやり直すことから生まれたというもの。
【エイヤ!】(意味:気合で・勢いで)
「エイッ、ヤー!」という武道の気合から生まれた言葉。昭和の高度成長期、気合と根性とモーレツ精神で次々と襲ってくるトラブルを乗り越えたビジネスマンが最も多く使った言葉だ。
「さあ、今晩も徹夜だ。エイヤで頑張ろう!」「うちも出血です。エイヤで見積もり出してみました!」などと覚悟のほどを見せる時に使われた。
【ペライチ】(意味:1ページだけの書類)
かつては、鉛筆・万年筆で書く時代だった。そのせいもあり、昭和のビジネスマンには長々とした企画書は、作るのが面倒。必要かつ十分な資料をA4サイズ1枚の用紙にまとめて取引先企業に乗り込んだり、「企画書、ペライチでお願いします」と相手に頼んだりした。
【イッテコイ】(意味:プラスマイナスゼロ・とんとん)
もともとは相場が上がった後に元に戻る金融業界の言葉。「セールで利益が出ても、アルバイトの人件費でイッテコイだよ」などと使われた。
【ガッチャンコ】(意味:合わせて・まとめて)
列車の車両同士を結び付ける連結器の音から生まれた言葉とされる。「君のチームの会議も、僕のチームの今日の会議とガッチャンコでやっちゃおう」「あの企画書、前の書類とガッチャンコしてくれる?」といった感じで使われた。単に「会議を合同でやろう」と提案するより、力強さがみなぎってくる。
わけのわからないカタカナ用語より、ユーモアがある
こうした「おっさんビジネス用語」について、ヤフーニュースコメント欄ではさまざまな意見が寄せられた。
「おじさんギャグもそうですが、おじさんたちが使っていた言葉というのは、何か力が抜けるようなユーモア的な要素がありました。これは、面白いとか役に立つとかっていうことではなく、緊張したビジネスにおいて人間関係の潤滑油になっていたのだと思います」
「新人の頃はおじさん用語を聞いて勉強して、ワザと使っていたよ。逆に面白いと思ったし、おじさん相手は場が和む。『エイッ、ヤーでやって!』とか今でも使うことがある」
「私がいる業界では、発注条件等で譲歩する時に、老若問わず『しゃがむ』なんて表現することもある。使われた場面の背景とか文脈から察して、後で『なるほど』と解るのが普通だし、そういう言葉のほうが響きは柔らかくて、参加者間で共有しやすいことも多い」
「私自身振り返ってみて、広告業界にいた頃、『ペライチ』とか言われても最初なんのことか分からず聞いて、自分か使うようになると職業人だなという自負も生まれてきた。がむしゃらに働いていた頃の気持ちを思い出した」
などと好感を持つ人が多かった。
そして、現代のなにかと「カタカナ」が多いビジネス用語に、疑問を投げる意見が相次いだ。
「私はここに出ているようなものより、今のカタカナビジネス用語がわからないのが多かったな。日本なのだし、日本語ではダメなのか」
「最近のカタカナのビジネス用語も聞いていて恥ずかしいものがある。本来の英語の意味をゆがめていて、日本人同士ならまだしも、外国人の前では使えないものが多い。根回しの意味でコンセンサスを使ったり、基本という意味でデフォルトを使ったりしていると、英語を知らないのだなと思ってしまう」
「エビデンスなど普通に根拠と言えばよいし、BtoCとか企業と消費者間取引と言えばよいし、なぜ、わざわざ人にわかりにくくするのかが理解できない」
「まったくその通りで、言語とは意志疎通のためのツールであるにも関わらず、わざわざ解りにくい横文字を使っていては言語の機能をスポイルしている。...まずいな。書いていて自分も横文字に侵されていることに気付くわ」
「分かりますわ。BtoCならまだしも、B2Cとかになると、なぜ2があるの?って最初思った」
「確かにカタカナ用語が多いと、ステークホルダーにコンセンサスとるのが容易ではなくなりますよね。イーチアザーで、アジリティーあげあげで、仕事をフィニッシュして、ちょっぱやで、ザギンでシースー決めたいですよねメーン」
「ファシリテートだのアジェンダだの、次々と覚えたてのカタカナ多用したがる職場のほうがイヤです。特に文書にするなら漢字のほうが一目で識別できるのだし」
コピーするのを「焼いてきて」と言われ、危うく...
職場の「おっさん」から聞いた「ビジネス用語」を懐かしそうにカキこむ人が多かった。
「部の飲み会がある日に上司から『ベルサで行こう!』と言われて、車種か何かかと思ったら『ベルサッサ』という言葉があると知りました。自分の世代では『定時ダッシュ』とかですかね。通じないと困るけど、そういう言い方をしていた時代があった、という話のネタにもなるので悪いことばかりではないと思う」
「私の今までの職場では、激サク=超サックリ上がる、5時ピタ=5時にピッタリ上がる、などがありました。こういうのは年代関係なく、面白くて好きですけどねー」
「昔の上司は定時上がりをグロンサンって言っていた」
「お先にドロンします」
「コピーするのを『焼いてきて』というオジさんも昔いたなあ。とても危なっかしい言葉。大事な書類を焼却されてしまう恐れもある」
「当方、50代半ば。建設業界でしたが、新入社員の頃、構造計算する時は『電算回す』と言っていたのを思い出しました。PCでなくメインフレームで。あと、『1メートル50センチ』は『1円50銭』という言い方もありました。私の世代がその用語を聞いた最後の世代かも」
「私は50代ですが、若い頃に新しく入った会社で上司とともに他の部署への挨拶に行った際、上司がそこの人に『ここ(挨拶に行った先の部署)の仁義を教えてやってくれ』と言った。『仁義』という言葉は、任侠の世界のものだと思っていたので軽く衝撃を受けた。 しかし、忙しい時には互いに応援に行く関係性のある部署なので、慣れたらそちらへ手伝いに行くこともあるし、『小さな会社ではあっても、それぞれ独立した部署だから、仕事の進め方だって違う』という意味なのだろうなと納得」
最後に、こんな意見を紹介したい。
「昔の人は綺麗な比喩をする、と感心したことがある。(花冷えなど)、ビジネス用語の古い言葉も面白いと思う。長く使われている言葉はわかりやすく使いやすい側面がある。『鉛筆なめなめ』は聞いたことはないが、『ちゃぶ台返し』や『速攻』なんか違和感なくなっている。これから20代がベテランになっていけば、彼らなりの用語が生まれるだろうが、それも文化だし、長く使われて便利な言葉も出るでしょう」
(福田和郎)