「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~ケーススタディで考える現場マネジメントのコツ」では、現場で起こるさまざまなケースを取り上げながら、「上司力を鍛える」テクニック、スキルについて解説していきます。
今回の「CASE23」では、「働きがいを感じられない!」と、相次いで若手社員が離職する職場のケースを取り上げます。
「この会社では、働きがいが感じられないんです...」
【Aさん(課長)】どうやら、営業1課の若手が、また1人辞めるらしいな。
【Bさん(同僚の課長)】ああ。入社3年目で若手のホープと期待が高かっただけに、皆ショックを受けてるようだ。
【Aさん】そうか...それに、昨年も入社2年目の退職者が出たしな。新卒の離職率は「大卒・3年・3割」というから、うちの会社も世間並みで仕方がないんだろう...。
【Bさん】ただ、人事が本人に転職理由を訊いたところ「この会社では、働きがいが感じられません」と言われたらしい。育成に力を入れていた課長も肩を落としてるようだ。
【Aさん】働きがい?! しかし、給料もらって働いてるんだから、まず目標達成して責任を果たすのが第一だろう。そうすれば、働きがいもついて来るもんだ。自分の努力次第じゃないか!
【Bさん】そうだよな...。ただ、人事は離職防止に向けて管理職を集め、部下の離職は上司の責任でもあると発破をかけるらしい。
【Aさん】いやいや、そんなこと言われても! 会社の仕事内容や目標は決まってるんだから、我々じゃあどうにもならんだろ?! だったら、人事がもっと賃上げや福利厚生を充実させて、離職防止の対策を講じたらどうなんだ~?
【Bさん】まあまあ‥そう憤慨するなよ。(しかし...うちの課内も心配だ。どうしたものかな...)
若手人材の採用難と離職が深刻化
少子高齢化と人口減少がハイスピードで進むなか、若手の人材不足と獲得競争が激しさを増しています。新卒大卒者の求人倍率は、コロナ禍の影響で一時は下がったものの、すでに回復基調。
加えて、各企業が頭を悩ましているのが、若手の早期離職の増加です。叫ばれて久しい大卒入社の「3年・3割離職」傾向は、収まりそうにありません。
若手向け転職サービスの利用状況をみても、企業間の人材引き抜き合戦が激化しています。かつては、転職希望者が企業情報を閲覧し応募していました。また、職場の人間関係、仕事がきついなどネガティブな理由も目立っていました。
しかし、今では企業側が転職希望の登録者を閲覧し、本人にアプローチするスカウト採用が台頭。転職を今すぐ考えているわけではない活躍層にも様々なスカウトが届くようになっているのです。
成長意欲の高い優秀な若手ほど、魅力的なオファーを提示されれば気持ちも揺らぐものです。みなさんも、転職サービスのCMをよく見かけると思いますが、若手人材やホープ人材については、質の異なる売り手市場傾向に転じているのです。
そこで、今回の導入CASEについて考えましょう。「働きがいが感じられない」と言って辞めていく若手に対し、A課長は厳しい評価。「給料分の仕事をするには目標達成が第一。それで、働きがいもついて来る。自分の努力次第」としています。さらに、「人事がもっと賃上げや福利厚生を充実すべき!」とも。
やはり、厳しい人材獲得競争のなかでは、賃金や労働条件など「働きやすさ」をできるだけ高めることで「働きがい」を増進することが、理に適うのでしょうか。この点を考察してみましょう。
「働きやすさ」ばかりを追求しても、「働きがい」は得られない
「働きやすさ」と「働きがい」の関係を理解するためには、アメリカの心理学者F・ハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」が参考になります。ハーズバーグの主張を整理すると、「働きやすさ」とは働く環境や労働条件、人間関係、給料などで、これらは「衛生要因」とされています。
「衛生要因」を向上させることで、働き手の不満は減少します。しかし、仕事の満足度すなわち「働きがい」を増すことにはなりにくいとしているのです。
そして、仕事の満足を増すためには、仕事そのものの内容、任される責任、上司や仲間からの承認、仕事の達成感などが大切で、これらを「動機づけ要因」としました。つまり、「働きやすさ」と「働きがい」は同じ延長線上にはなく、「動機づけ要因」を意識して追求していかなければ「働きがい」は得られないとしたのです(図参照。ハーズバーグの理論をもとに著者が作成)。
つまり、CASEの働きがいが感じられない若手に、いくら賃上げや福利厚生を充実させても、引き留めの決定打にはなりにくいのです。任せる仕事の意味や意義、担ってもらう責任意識、目標達成を通じた成長実感こそが離職防止にもなるのです。
また、衛生要因については人事や経営の采配で決まるものですが、動機付け要因については、マネジメントそのものともいえます。
ただし、上司が「働きがいが大事だ」「働きがいを持て」と上から押し付けてはいけません。働きがいは外から与えられるものではなく、本人自身が内側から感じるものだからです。したがって「一緒に働きがいを大切にしていこう」「一緒に創っていこう」と呼びかけるのが、望ましい上司の姿勢です。
一方で、働き手の側の心構えとしても、「働きやすさ」ばかりを指向する働き方では「働きがい」を得ることは難しいと自覚させることも大切です。
自分はいかにすれば働きがいにつながる働き方ができるのか、働き手自身もしっかり考え、働き方とキャリアを展望していくことも必要です。より高い報酬を求めて転職を繰り返しても、一生磨き続けたいと思える仕事=ライフワークを得ることはできないでしょう。
では、どのように働きがいをとらえ、若手社員に語り、共有していけばよいか。<「働きがいを感じられない!」と、相次ぐ若手社員の離職...どう防ぐ?【上司力を鍛えるケーススタディ CASE23(後編)】(前川孝雄)>で解説していきます。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。