「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~ケーススタディで考える現場マネジメントのコツ」では、現場で起こるさまざまなケースを取り上げながら、「上司力を鍛える」テクニック、スキルについて解説していきます。
今回の「CASE22」では、「ダイバーシティ推進企業は建前ですか?」リアリティショックに落胆する新入社員のケースを取り上げます。
リアリティショックに対して、職場と本人双方の課題ととらえる視点を持つ
<「ダイバーシティ推進企業は建前ですか?」リアリティショックに落胆する新入社員...どう話す?【上司力を鍛えるケーススタディ CASE22(前編)】(前川孝雄)>の続きです。
私が営む会社では、ある銀行で若手行員の早期離職防止策の参考にするため、若手離職者にその理由を聞くインタビューを行いました。現場の上司側は「最近の若手はストレス耐性が弱すぎる。上司にちょっと叱られたくらいで辞めてしまう」と嘆いていました。しかし、離職した若手からは、次のような声が聞かれたのです。
「資金繰りに困っている企業に融資できず、金余りで困っていない企業に無理やり融資をお願い営業する毎日に、自分は何のために働いているのか分からなくなった」
「融資できないと本部判断が出た思い入れあるお客様に、自分の人脈でマスコミを紹介し、PR協力したところ、支店長からコンプライアンス違反だと叱責された。会社は誰のためにあるのか空しくなった」
「もっとお客様のために働きたいので、コンサルティング会社に転職を決めた。人事からの引き留めは『30代からでも支店長に昇進できる人事制度を検討中なので考え直せ』だった。お客様より行内出世しか眼中にない組織にさらにがっかり...」
いかがでしょうか。若手と組織側との意識の違いは歴然です。本稿の前編冒頭CASEで取り上げた、職場のダイバーシティや女性活躍推進を巡るギャップも、一概に新入社員たちのリアリティショックだけの問題と決めつけられるものではありません。組織側、上司側が、客観的に内省すべき点をはらんでいるととらえるべきでしょう。
リアリティショックにフタをせず、共感的に受け止める
新入社員のリアリティショックは、早ければ入社後すぐ、あるいは「5月病」などと言われる一息ついた時期に現れる場合もあるでしょう。また、仕事に慣れてくる2年目、3年目の節目の時期など、さまざまなケースが考えられます。
上司はその兆候を察したら、傾聴の姿勢でショックの内容と本人の考えを丁寧に聴き取ることです。どのような点で違和感を持っているのか、相手が整理しきれていない気持ちまで、しっかり聴き取りましょう。
ここで大切なことは、ギャップや違和感にフタをする方向で済ませようとせず、本人のショックの内容を共感的に受け止め、本人と同じ目線での理解に努めることです。
上司にとって納得いかない内容であったり、本人から是非の回答を求められた場合には、「少し考えてみるので、一度預からせてほしい」と一呼吸置き、自分の宿題に残すことでもよいのです。性急に答えを出すことより、まず相互理解に努めることです。
リアリティショックを一方的に「新入社員側の問題」「自分で乗り越えるべき課題」と決めつけないこと。組織と本人の双方にとっての課題である場合もあるととらえ、上司が橋渡し役として対話を続けていく姿勢を持つことです。
たとえば、上司はこんなふうに話してみよう【対話例】
新入社員から預かった疑問や質問への答えの宿題は、長らく放置してはいけません。上司自身の内省をもとにショックの内容を整理し、さらに対話を行い、新入社員が仕事の現実をとらえなおし、自分なりに幅広く考える力をつけられるようにサポートしていきます。
その際、新入社員の感じ方に誤解があるのか、誤解ではないがとらえ方が一面的なのか、むしろ組織としての課題なのかを客観的に判断し、対話の仕方を考慮することも必要です。以下に、判断と対応の例を挙げておきましょう。
【新入社員の側に誤解がある場合】
「指摘には〇〇の点で誤解があると思うので、まずその点を〇〇ととらえなおしてみてほしい。そのうえで、さらによい意見やアイデアがあれば、ぜひ聞かせてほしい」
【とらえ方が一面的な場合】
「指摘の状況は〇〇の面では確かだが、もう一方で〇〇の側面もある。その両面を考慮すれば、もっと良い対応方法やアイデアがあるのでは...。どんな工夫ができるか一緒に考えよう」
【組織としての課題の場合】
「指摘は確かに一理ある。まだ組織が古い考え方から変わり切れていない部分だ。自分も〇〇に向けて少しずつ改善していきたいので、ぜひ一緒に力を貸してほしい。あなたの意見や提案も聞かせてほしい」
新入社員の立場からは、自分に誤解や一面的なとらえ方があっても、それを埋めるための対話や助言の機会を得られること。また、自分のショックが正しいと感じても組織がすぐに受け入れてくれない時に、上司が前向きに受け止め、共に改善策を考えてくれる...そうした安心感を得られること。それが、新入社員がリアリティショックを自分の学習材料として前向きに受け止め直し、今後の糧にする力になるのです。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版、2020年10月発行)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版、2020年10月)等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)および『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)。