京都の祇園を中心とした五花街で、舞踊、御囃子などの芸で宴席に興を添えることを仕事とする芸妓の見習い段階の少女、舞妓。
その世界には、舞妓特有の厳しいしきたりがあり、かなりの忍耐が必要とされます。舞妓の仕事に馴染みは少ないかもしれませんが、私たちのビジネス社会に役立つヒントがないか探ってみます。
「京都花街の芸舞妓は知っている 掴むひと 逃すひと」(竹由喜美子著)すばる舎
お茶屋遊びには、財布がいらない?!
京都花街は原則的に、「一見さんお断り」です。はじめての人は、「お茶屋」(芸妓を呼んで、飲食ができるお店)を利用できません。紹介があって、はじめて座敷にあがることが可能になります。こんな話をすると、「ハードルが高そう」なんて声が聞こえてきそうです。しかしこれには、ちゃんとした理由があるのです。
「そんなに格式を重んじていたのでは、お客を失い先細りしていくのではないかと思われるかもしれません。こういうしきたりが続いているのには、それなりの理由があるのです。信頼関係にもとづく長いお付き合いをしていくためです。京都花街では、お座敷にあがられたお客様から、その日にお支払いいただくことはありません」(竹由さん)
「経費はお茶屋が立て替え、後日精算いただくようになっています。お茶屋経由で2次会に行かれたなら、その支払いも移動のタクシー代もすべてお茶屋に請求がくるようになっています。お客様は財布を持っていなくても大丈夫なのです。お客様への請求は数ヵ月後(場合によっては半年)ということもあります」(同)
長期掛け払い、という京都花街の慣行は、かなりの信頼関係がなければ成立しないでしょう。信頼関係は昨日今日知り合って、すぐに生まれるものではありません。これが、一見さんをお断りする大きな理由になるのです。
「ちなみに、どなたかご紹介者があってお座敷にあがられるようになったかたが、万が一、お茶屋からの請求を踏み倒したならば、その責任を紹介者が負われて、支払いを肩代わりされることもあるのです」(竹由さん)
相手と長く付き合いたいからこそ、「一見さんお断り」
会社を経営していれば、無理を聞き入れてもらいたい、という事情のときがあるものです。それが頼めるのも、適正金額で取引していればの話です。毎回、値引きを要請していたら、相手は値引きを見込んで見積りを出すようになります。そういう関係は長続きしないと、竹由さんは言います。
「信頼は簡単に得られません。どうすればいいかといえば、長いお付き合いができるように、意識することではないでしょうか。見積もりであれば、一本筋を通していくこと。『これが検討を尽くしたうえでの見積りです。これ以上、値段を下げられる余地は残していません』。こう言い切れるくらいが理想なのです。ゆるがない人は、信用できます。そういう担当者がいる会社と長い付き合いをしていきたい』と思うから、『一見さんはお断り』なのです」(竹由さん)
京都花街に限らず、格式の高い店には「一見さんお断り」が少なくありません。長きにわたる信頼関係を結びたいからこそ、あえてお断りするのが真意なのでしょう。
本書の読みどころは?
最後に、本書の読みどころを挙げてみます。
京都弁には「はんなり」と言われる独特の響きがあります。「はんなり」は、華やかで上品さを兼ね備えている様子をあらわします。著者のイメージが伝わりやすいように、ところどころに「はんなり」の要素が使用されています。また、独特のイントネーションを伝えるために「ひらがな」を多用しています。
たとえば、「注ぐ」→「よそう」と表現するなど、標準語とは明らかに異なる言葉が使用されている箇所がありますが、それが独特な味わいを醸し出しています。このあたりの仕掛けの面白さをぜひ味わってください。
京都花街の世界で知り得た処世術とはなにか。チャンス、商機、人の心を掴んで離さない、そのような人物評価を知りたい人にとって最適な一冊といえます。(尾藤克之)