「インド発世界金融危機が迫る?」。中国を抜いて人口世界一になったインドの経済を牽引する巨大新興財閥が、「不正会計疑惑」で揺れている。
ことは通貨ルピーや株価の下落にとどまらない。かねてよりモディ首相との「癒着」が取りざたされ、経済拡大路線を進むモディ政権のインフレ整備やエネルギー分野を担ってきたコングロマリット財閥のスキャンダルだったからだ。
政局問題に加え、実体経済の後退、金融システム不安のリスクも懸念される。エコノミストの分析を読み解くと――。
誘拐や同時多発テロにも生き残った、タフな創業者アダニ氏
報道をまとめると、渦中にあるのはインドの巨大新興財閥アダニ・グループ。創業者のゴータム・アダニ氏(60)は、大学の学位を持たず、ほぼ裸一貫から昨年(2022年)のブルームバーグ・ビリオネア(資産10億ドル以上)ランキングで世界2位にのし上がった大富豪だ。
1988年頃に父親から小さな貿易会社を引き継いで約30数年。発電、グリーンエネルギー、港湾運営、空港運営、石炭・ガス採掘、デジタルマーケティング、海運業、農産物取引、不動産、通信・放送など、多岐の事業にわたるコングロマリットを築きあげた。傘下には上場企業が10社あり、インドの大手財閥タタやリライアンス・グループと肩を並べる巨大財閥に成長した。
巨万の富を築いたきっかけは大胆かつユニークな経営発想といわれる。かつてアダニ氏は、インド最大の塩田から塩を調達する大口注文が舞い込んだが、輸送ルートの確保に悪戦苦闘した。そこで思い付いたのが、輸送の要である港湾そのものを自分で建設すること。これが事業発展につながった。
昨年12月には、太陽光発電と風力発電、グリーン水素などを組み合わせた「世界最大の再生可能エネルギー企業」を設立すると発表した。アダニ氏と同郷の盟友、ナレンドラ・モディ首相が2021年11月のCOP26(気候変動枠組条約締約国会)で、「インドは2070年までに温室効果ガスの排出量ゼロの目標を達成する」と宣言したが、アダニ・グループのこの計画が念頭にあったとされる。
劇的なエピソードの持ち主でもある。アダニ氏は1998年に誘拐され、一説には数百万ドルの身代金を払って解放された。174人が殺害された2008年のムンバイ同時多発テロの際には、現場の高級ホテルにおり、地下に隠れて九死に一生を得たという。だが、そんなインド映画のタフな主人公のように、向かうところ敵なしのアダニ氏に「待った」をかけたのが、空売りを仕掛ける手法で知られる米国の投資会社ヒンデンブルグ・リサーチだ。
空売りの米投資会社が暴いた「不正告発」でGDP1%分の損失
ヒンデンブルグは、事業に虚偽があったり、投資家を誤認させたりしているとみられる企業を徹底調査し、株式をショートして(売って)稼ぐ。2020年に「テスラ」のライバルだったEVメーカー「ニコラ」の疑惑を告発、株価を急落させたうえ、創業者を辞任に追い込んだことで知られている(創業者は2022年10月、詐欺で有罪判決)。
ヒンデンブルグは1月24日、「空売りのポジションを取っている」ことを宣言したうえで、「企業史上最大のペテン」として、アダニ・グループが数十年にわたり行ってきたという不正会計、株価不正操作の疑惑を詳細な報告書にまとめ、88項目の質問状を添えてネット上に公開した。
アダニ・グループが多数のダミー会社を使って株価を実態以上に膨らませたり、タックスヘイブン(租税回避地)に設けたペーパーカンパニーを使って会計操作したり、一般投資家の保有比率を最低25%とするインドの株式保有規則を破ったりしていると非難した内容だった。
これに対して、アダニ・グループは1月29日、「悪意に満ちた報告だ。我々は法令を守っている」などと不正を一切否定する413ページの反論書を発表したが、金融市場に与えた衝撃は大きかった。ヒンデンブルグの指摘の是非はともかく、海外投資家からは巨大財閥が牽引するインド経済や株式市場に向ける目が厳しくなり、通貨ルピーとインド株の下落傾向が収まらない状態だ。
アダニ・グループの時価総額は2月6日までに約9兆1000億ルピー(約14兆円)減少し、半分以下になった。増資の撤回に追い込まれ、グループ上場10社の負債総額は5兆円超となり、インドの名目GDP(国内総生産)の1%を上回る規模となった。アダニ氏個人の資産も約40%減少、世界富豪ランキングも10位に転落した。
影響は株価だけにとどまらない。アダニ・グループとモディ首相の「癒着」を問題視する声が野党から上がり、議会調査委員会の設置を求める動きが始まっている。また、ニューデリーでは市民の抗議デモが発生、警官隊と衝突する騒ぎも起こっているという。アダニ・グループは、インド国内の高速道路や空港、世界有数のインフラ整備を進める企業として台頭してきただけに、インド経済に与える影響も大きい。
こうした事態をエコノミストはどう見ているのか。「インド発金融ショックになりかねない」と懸念を示すのが、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
中国に代わる存在、インドへの期待が一気に冷める危機
木内氏はリポート「世界の金融市場に広がるインドのアダニ・ショック」(2月8日付)のなかで、インド市場全体の信頼性を損ねる事態に発展していると指摘した。
「不正疑惑問題は、グローバルな投資家に影響を与えているのみならず、インドの金融システム上の問題も浮上させている。アダニ・グループの一部は、財務がより健全なグループ企業の株式を借り入れの担保としている。こうした株式の価値はすでに急落しており、貸し手から追加の担保を要求される事態も起こり得る状況だ。
中央銀行のインド準備銀行は国内銀行に対して、アダニ・グループへの融資状況を説明するよう求めたと報じられた。アダニ・グループのドル建て債券の償還も近づいている。
仮にアダニ・グループに債務不履行などが生じれば、それは国内銀行の不良債権の拡大につながり、金融システムの安定を損ないかねない」
「インドの市場規制当局はアダニ・グループの疑惑を調査中だ。アダニ・グループの債務の大部分を保有する外国人投資家は、規制当局が疑惑を徹底的に調査したと確信するまでは、新たな資金の提供を控えるだろう」
では仮に、当局が不正疑惑を晴らすことができない場合はどうなるのか。木内氏はこう見ている。
「アダニ・グループのみならず、インドの証券市場全体の信頼低下につながるのではないか。世界で権威主義と民主主義の分断化が進む中、2023年年初に人口で中国を追い抜いたとされるインドに、生産拠点や投資先で中国に代わる存在になるとの期待が、先進諸国に強まっている。
アダニ・グループの不正問題の行方は、そうした期待を一気に冷やしてしまう可能性を秘めているだろう」
「世界10大リスク」の1つだったモディ政権の「政財界の癒着」
一方、アダニ・グループとモディ政権の「近さ」が金融市場の動揺をさらに大きくする可能性があると警戒するのが、第一生命経済研究所主席エコノミストの西濵徹氏だ。
リポート「『アダニ問題』で金融市場が大揺れのなかでインド中銀はどう動く?~利上げ局面の終了接近を示唆、市場の動揺にも静観の構えも、政策運営は困難の度合いが増す懸念~」(2月8日付)のなかで、西濵氏が指摘するのは、整理すると次の点だ。
(1)アダニ氏は、モディ首相と同じインド西部のグジャラート州出身であり、モディ氏が同州首相だった頃から関係を深めてきた。モディ氏が政治キャリアを駆け上がる動きと並行するようにアダニ氏も事業拡大し、「政財界の癒着」の構図が疑われてきた。
(2)昨年、アダニ・グループが独立系メディアを買収し、その後、編集権に介入した。独立系メディアが、モディ政権をはじめ歴代政権に対して「物申す」メディアだったことから、モディ政権の意向が働いたと指摘されている。
(3)こうした疑念が生じる背景には、モディ政権が発足後にさまざまな形で「メディア統制」を強めていることがある。2020年に米調査会社のユーラシアグループが発表した「世界10大リスク」の1つに「モディ化されたインド(India gets Modi-fied)」を挙げたことにも現れている。
(4)モディ政権が2月初めに公表した来年度予算は、来年に迫る次期総選挙を意識してインフラ関連投資の拡充が盛り込まれたが、アダニ・グループはモディ政権下でインフレ整備を進めてきた。野党はアダニ・グループと政権との関係の深さを追及する構えだ。
(5)さらに、仮にアダニ・グループが資金繰りの問題を理由に事業縮小を余儀なくされれば、インフラ投資が遅れるなどインドの実体経済に影響が出てくる。また、アダニ・グループへの融資を抱える国有銀行など金融セクターにも悪影響が伝播するリスクも懸念される。
こうしたことから、西濵氏はこう結んでいる。
「その意味では、今回の問題が個社の問題に留まるか、金融市場全体に影響が広がるか否かを注視する必要性は高まっている」
アダニ問題が世界一の人口を擁するインドの政局に波及すれば、金融市場にも大波が押し寄せてくるというわけだ。(福田和郎)