またまたウォール街がショックを受けた。2023年2月3日、米労働省が発表した1月雇用統計は、非農業部門雇用者数が市場予想を3倍も上回る大幅な伸びとなったからだ。
雇用状況が堅調と言えば、米国経済の底力を示して聞こえはいいが、ウォール街から見れば、労働市場に過熱感が残り、FRB(米連邦準備制度理事会)のさらなる利上げ継続を強める内容だった。
同日、NYダウは下落、米10年国債利回りは上昇(債券価格は下落)した。ドル円相場も1ドル=128円半から、一気に131円台に円安に振れた。米穀経済はどうなるのか。エコノミストの分析を読み解くと――。
大企業が大幅人員削減、それでも雇用が伸び続ける「不思議」
1月米雇用統計は、非農業部門就業者数が前月比で51万7000人増と、市場予想の18万8000人を3倍近く上回った。市場予想がこれほど外れるのも珍しい。
失業率は3.4%(市場予想3.6%)と、53年ぶりの歴史的低水準になった。もっとも、大企業やIT業界で、景気後退を警戒して大幅な人員削減が始まっているのに加え、洪水や寒波など悪天候の影響で、雇用の悪化が懸念されていたが、予想外に堅調な結果となった。
レジャー関連などのサービス業では雇用が伸びた。家計労働力調査による就業者が前月比で89万4000人も増え、労働参加率も小幅に改善した。構造的な人手不足に悩む労働市場に、人手が戻り続けているのだ。
一方、平均時給は前年同月比プラス4.4%(市場予想4.3%)と、2022年12月のプラス4.8%から減速した。賃金上昇率が依然として強い水準であることに変わりがないが、緩やかに下降を続けている。ようするに、市場予想よりも米国経済の底堅さが示されたかたちだが、どの点がウォール街にショックを与えたのだろうか。
米国経済への投資はすでに「逆ざや」、景気後退目前か
エコノミストはどう見ているのか。
ヤフニュースのコメント欄では、第一生命経済研究所主任エコノミストの藤代宏一氏が、
「1月米雇用統計は、雇用者数は前月比プラス51.7万人と市場予想(プラス18.8万人)を極めて大幅に上回りました。失業率は3.4%へと低下(12月は3.5%)。賃金インフレの帰趨を読むうえで重要な平均時給は前月比プラス0.3%、前年比プラス4.4%でした。賃金上昇率は緩やかな鈍化傾向にありますが、パンデミック発生前の3%台前半までは相当な距離があり、インフレ抑制にはなお『高すぎる』状態にあります」
と、問題はインフレの高すぎる水準にあると指摘。つづけて、
「1月雇用統計はFRBの悩み事であるインフレのしぶとさを痛感させる結果でした。筆者(=藤代宏一氏)は3月FOMCにおける追加利上げ(0.25%ポイント)によってFF金利(誘導目標レンジ上限)が5.00%に達したところで利上げが終了すると予想していますが、2月に発表されるデータが強含めば5月FOMCまで利上げが長引く可能性が高まります」
と、今後の経済指標によっては利上げが長引くと予想した。
同欄では、ソニーフィナンシャルグループのシニアエコノミスト渡辺浩志氏が、
「強い雇用統計が市場の楽観(早期利下げ期待や金融環境の緩み)に修正を迫っています。2月1日のFOMC後の会見で、パウエル議長がモノのインフレ鈍化を認めたことで、市場はFRBのハト派転換を期待、3月で利上げを打ち止めにし、年後半に計0.5%の利下げを行うとの予想に傾斜しました。しかし、今回の強い雇用統計に表れた労働市場の逼迫は賃金上昇率を高止まりさせ、サービスのインフレを長引かせます。FRBが表明した『継続的な利上げ』の方針が再認識されています」
と、賃金インフレが収まらない現状を指摘。つづけて、
「市場は5月までに5.125%への利上げを約6割織り込み(雇用統計前日は3割)、年後半の利下げ期待は幾分後退しました。政策金利は既に4.6%と、米国の名目潜在成長率(4%)を超えています。政策金利を投資コスト、名目潜在成長率を投資リターンと考えれば、米国経済への投資は既に『逆ざや』。これが長引けば米国が景気後退を免れることは難しいでしょう」
と、米国の景気後退が目前に迫っていると指摘した。
米国経済がソフトランディングに向かうと期待させる結果
一方、雇用統計に表れた「一見いい数字」からうかがえる「安心感」と「不安」に注目したのが、大和総研ニューヨークリサーチセンター主任研究員の矢作大祐氏だ。
矢作氏はリポート「非農業部門雇用者数は前月差プラス51.7万人 2023年1月米雇用統計:雇用関係が堅調であることの安心感と不安」(2月6日付)のなかで、非農業部門雇用者数と失業率のグラフ【図表1】を示しながら、まず「安心感」をこう指摘した。
「失業率も3.4%と前月からさらに低下したことから、雇用環境の堅調さが継続していることを示す結果となった。新規失業保険申請件数からも、足下まで雇用環境に大幅な悪化の傾向は見られない。
注目の賃金上昇率は前月比および前年比で減速した。労働供給が拡大していない点は引き続き課題だが、雇用環境が堅調でありながら賃金上昇率で測るインフレ上昇圧力が低下した点は、米国経済がソフトランディングへと向かうことを期待させる結果であったといえる」
つまり、景気後退に陥るにしろ、穏やかに減速しそうだというわけだ。一方、「不安」についてはこう分析する。
「他方で、足下まで続く雇用環境の堅調さは、緩和的となってきた金融環境と相まって、需要を押し上げると考えられる。今回の雇用統計の結果だけで判断するのは尚早ではあるが、需要の押し上げによってインフレの減速ペースが緩やかになったり、再び上昇に転じる兆しが見られたりすれば、FRBがタカ派的なスタンスを強める可能性があるだろう」
本来なら、雇用が堅調であることは、米国経済の好循環といえるが、高インフレが最大の懸案となっている現在、インフレ上昇圧力を抑えるために金融引き締めを通じて需要を抑制してきたFRBの目論見とは逆行するというわけだ。
米国経済の牽引車、ハイテク大手「GAFAM」の株価急落
雇用統計の発表を受け、回復基調が鮮明だった米ハイテク株が急落したことに注目したのが、三井住友DSアセットマネジメントのチーフマーケットストラテジスト市川雅浩氏だ。
市川氏はリポート「回復基調が鮮明な米ハイテク株と強い米労働市場をどう考えるか」(2月6日付)のなかで、年初からの米大手ハイテク株や主要株価指数の動きを表に示した【図表2】。
米大手ハイテク企業GAFAM(グーグルの持ち株会社アルファベット、アップル、メタの旧社名フェイスブック、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト)などだ。
これらの企業は、2022年12月30日から2023年2月2日までの期間、軒並み2ケタの上昇率となっていたが、1月米雇用統計が発表された2月3日、アップル以外は軒並み急落した【再び図表2】。
市川氏はこう指摘する。
「1月米雇用統計の結果を受け、市場では米利上げの長期化観測が浮上し、米10年国債利回りは前日から大きく水準を切り上げ、ハイテク株は急落しました。強い米労働市場を踏まえ、弊社(=三井住友DSアセットマネジメント)は今般、米金融政策について、3月と5月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、それぞれ0.25%の利上げが行われ、FF金利の誘導目標は5.00%~5.25%で年内据え置きとの見方に修正しました」
なるほど、それまでは、FF金利は4.75%~5.00%で据え置きという見方だったのだ。今後の展開については、こう予測する。
「1~3月期の米国株は、引き続き米インフレと景気減速の度合いをにらみ、一進一退となる可能性が高いとみており、ハイテク株はしばらく長期金利の動向に左右される展開が予想されます。
ただ、ここから弊社の想定外にインフレが再加速し、一段の利上げ実施により、米景気後退が深刻なものとならない限り、年初からの米ハイテク株の回復基調が、大きく損なわれる公算は小さいのではないかと考えています」
今年前半まで減益局面が続く「GAFAM」が好転する兆しは?
米国経済を牽引してきたハイテク業界は今後どうなるのか。野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジスト石黒英之氏は、「今年前半までは減益局面は続くだろう」と予想する。
石黒氏はリポート「見直し機運が高まりつつある米ハイテク株の行方」(2月7日付)のなかで、S&P500のハイテク業種のEPS(1株当たり利益)前年同月比の増減率の「グラフ【図表3】を示した。
これを見ると、2023年1~3月期までマイナスが続く予想だ。石黒氏はこう指摘する。
「米ハイテク大手のGAFAMが発表した昨年10~12月期決算は厳しい内容となりました。5社すべての純利益が前年同期比で減益となり、これはフェイスブック(現メタ)が上場した2012年以降で初めてのことです」
「米ハイテク企業の収益環境は厳しさを増しています。新型コロナウイルスの世界的な流行に伴う特需の反動や、世界的な景気減速の影響が業績を下押ししているとみられます」
「GAFAMの直近の従業員数は3年前より8割近く増えており、人件費を中心としたコスト負担増も業績の重しとなっていると考えられます」
石黒氏は、今年前半まで減益局面が続くとみられるが、その後は増益基調に回帰すると予想する。その理由は――。
「厳しい収益環境のなか、各社は人員削減に踏み切り、アップルを除く4社で合計5万1000人規模の削減計画を発表しました。今後はAI(人工知能)を始めとした成長分野の需要拡大も見込まれるなど明るい材料もあります。米ハイテク株の見直しが持続するためには、こうした取り組みが奏功し、収益環境が好転する兆しが今後の四半期決算で確認できるかが焦点となります」
(福田和郎)