物価高や円安の株価への影響などが懸念される2023年の日本の株式市場。本書「株式投資2023 不安な時代を読み解く新知識」(日経BP)は、ベテラン証券記者が、取材とデータ分析をもとに独自の切り口で、株式市場との付き合い方を解説した本だ。「長期・分散・積み立てだから安心」は大間違いなど、目からウロコの内容が詰まっている。
「株式投資2023 不安な時代を読み解く新知識」(前田昌孝著)日経BP
著者の前田昌孝さんは、日本経済新聞社編集委員などを経て、2022年からマーケットエッセンシャル主筆。ホームページで毎週、有料記事を配信。著書に「株式市場の本当の話」などがある。
政府がNISA(積み立て型の少額投資非課税制度)の拡充を図るのを機会に、投資信託の積み立てを始めようと考えている人がいるかもしれないが、冒頭で冷や水を浴びせている。
「銘柄を分散し、時間を分散し、長期的に取り組めば、リスクは中和されて小さくなる? そんなことはまったくないから、心得てほしい。20年後か30年後か40年後かには、運が良ければすごくリッチになり、運が悪ければ元本保証もままならず、大多数は期待外れだったが、やらないよりはましだったという程度に落ち着くのではないだろうか」
人気の外国株投信のリターンはマイナス?
円安や物価高に揺れる局面で、株式などリスク商品への投資はうまくいかなかった、と2022年を総括している。日本人が保有する純資産250億円以上の投資信託452本の年初から10月17日までのリターンがどのように分布しているかのグラフを示している。
プラス側よりも、マイナス側にたくさんの棒が並んでいる。人気が高かった外国株投信177本のリターンの平均値はマイナス13.81%と低迷。アクティブ運用だから、最高と最低のバラツキが大きい。最低のマイナス60%に近いところはフィンテックなどの新興ハイテク株を組み入れる投信が集まり、外国株投資のリスクを改めて感じさせる結果、と指摘している。
公的年金の運用も冴えなかった。約200兆円を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用収益額は、2020年度の37兆7986億円、2021年度の10兆925億円のプラスから、2022年度は1兆6000億円程度のマイナスになった、と見ている。
証券大手3社による2023年度の企業業績見通しは、3社とも小幅ながら増益が続くと見ているが、円安が進み海外事業の収益が円換算にすると、膨らんでみえる。そのため、「企業の真の実力かどうか疑わしいので、株式の買い材料にしにくい」と書いている。
今回の円安は、過去の円安局面とは異なる印象があるという。どういうことか。「円安傾向は簡単に終わらない」との想定で、外貨預金をしたり、外国株投資を増やしたりしている人が多い印象があるというのだ。
実際、積み立て投資の人気商品上位には外国株投信が並ぶ。公募投信が保有する国内株と外国株の合計は、2022年9月末で82兆5000億円。このうち外国株は、27.8%にあたる24兆3000億円になる。分母から日銀保有上場投信(ETF)を除くと、38兆8000億円になるので、外国株の割合は62.7%に上昇する。
これを外国への「資本逃避」と呼ぶのは大げさとしながらも、若年層のつみたてNISAでの商品選択を見ると、個人金融資産のかなりの割合が外国株投信になっている可能性があり、「いいことと言えるかどうか疑問だ」と書いている。
伸びるオンライン証券
第2章「急変する市場構造」では、オンライン証券5社の純利益の合計(761億円)が、初めて野村證券(714億円)を逆転したこと、口座数争いでは、楽天証券が初めてSBI証券を抜いたことを特筆している。
楽天証券の追い風になったのは、「つみたてNISA」だ。低い手数料が若年層の支持を集めたようだ。「1000億円をかき集めても年間3400万円の実入りがあるにすぎない」そうだが、それでも精力的に取り組んでいるのは、電子商取引やモバイル通信を主体とする楽天グループの全体戦略の一環だ、と見ている。
金融庁の発表によると、2022年3月末で30代の国民のうち12.4%が楽天をはじめ、どこかの証券会社につみたてNISAの口座を持っているというから、預金一本鎗だった日本人も変わり始めたのかもしれない。
オンライン証券の躍進に危機感を強めた対面営業の証券会社も動き出した。最大手の野村グループは、LINEグループと共同で設立したLINE証券を活用し、顧客の若返りを図ろうとしている。LINE証券の口座数は急増し、オンライン大手5社の一角に食い込もうとしている。
もう1つ興味深いのは、「ロボアド残高1兆円に」という項目だ。コンピューターが打ち出す質問に答えていくと、ロボットが自動的に、適切な運用ポートフォリオを組んでくれるロボアドバイザー(ロボアド)のサービスを利用する若年層が増えているらしい。残高に対する手数料が1%程度と低いのが人気で、残高は1兆円に達する勢いだ。
とはいえ、証券ベンチャーの大半は赤字で、苦境に陥っている。オンライン大手5社の牙城をなかなか崩せないからだ。
金融教育が始まった
2022年度から全国の高校の「家庭総合」の授業で、金融教育が始まったことを紹介している。国民全体に投資への関心を高めるのが政府の狙いだが、金融庁のNISA特設ウェブサイトに、前田さんは注文をつけている。適当な数字で「元本割れなし」を印象付けていることに、「でたらめを書くな」と叫びたくなる、と。
最近、市場関係者の間でささやかれているのは「何か政府はウルトラCを考えているのではないか」というストーリーだという。その一つが、国民に日銀が保有しているETFを配布するという案だ。
野村総合研究所の提案では、18歳を迎えたときから10年間、毎年、ETF5000円分に引き換えられる電子クーポンを配布しようというもの。任意の証券会社にクーポンを提示すれば、口座に5000円分のETFの保有が登録され、いつでも売却できる仕組み。10年間で5万円にすぎないが、ささやかな投資体験にはなる。
ちなみに、読者に向けては、金融資産の分散よりも、「稼ぐ力の分散」がもっと重要なリスクヘッジだとして、夫婦それぞれが職業能力に磨きをかけること、子供にいきる力を与えることが欠かせない、とアドバイスしている。
株式投資をする前に基礎知識を得る本として、一読を勧めたい。(渡辺淳悦)
「株式投資2023 不安な時代を読み解く新知識」
前田昌孝著
日経BP
1045円(税込)