「タカ派」と警戒されていたパウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長から「ディスインフレ」という言葉まで飛び出し、ウォール街は狂喜乱舞した。
2023年2月1日まで開かれたFOMC(米連邦公開市場委員会)で、0.25%の小幅な利上げを決めた。これは市場の予想通りだっただけに、関心は会合後のパウエル氏の発言に集まっていた。そこで、意外な「ハト派」ぶりを歓迎、株高・債権高・米ドル安で反応した。ドル円相場は1ドル=128円台にまで円高が進んだ。
しかし、FRBも認めたインフレの鈍化は、景気後退をも意味する。米国経済は大丈夫か。エコノミストの分析を読み解くと――。
パウエル議長「ディスインフレ」発言に驚く、金融市場
「物価の上昇が収まっていく過程が始まったと言及したのは、今回が初めてで、実際にそれはモノの価格によくあらわれている」
FRBのパウエル議長は、会合後の記者会見でこう述べた。「ディスインフレのプロセスが始まった」という言葉まで漏らし、インフレが落ち着く兆しにあるという認識を示した。「ディスインフレ」(ディスインフレーション)とは、インフレからは抜けたが、デフレにはなっていない状態を指す。
パウエル議長は「だが、インフレに勝利したと宣言するには、あまりに時期尚早だ」と明言、インフレ率をFRBが目標とする2%に収束させるために、「金融引き締めを当面続ける必要がある」と強調した。そのうえで、「あと2、3回の利上げについて話している」と述べ、市場が期待する早期利上げ停止の観測を打ち消そうとした。
しかし、利上げ幅の縮小は前回・昨年12月に続いて2回連続だ。市場はすでに、今年半ばにはFRBが利上げを停止することを織り込んでいる。その見通しはパウエル議長の会見でも変わらなかった。目下の関心は、年内のいつ利下げに踏み切るかに移っている。
市場の希望的観測が、インフレ収束を遅らせている
こうした結果をエコノミストはどう見ているのだろうか。
ヤフーニュースのコメント欄では、第一生命経済研究所主任エコノミストの藤代宏一氏が、
「12月の利上げ幅は0.50%でした。ここ数か月のインフレ率鈍化を受けて金融引き締めの手を緩めた格好です。依然としてインフレ率が高止まりしていることからFRBは利上げ方針を掲げていますが、おそらく3月FOMCにおいて追加で0.25%の利上げを実施し、そこで利上げは打ち止めになると予想されます」
と予測した。そして、
「政策金利は5.00~5.25%でしばらくの間据え置かれるでしょう。今後、中国経済の回復に伴う資源高、米国内での賃金上昇加速などインフレ率を再加速させる要因がどれほど強く発現するか注目されます」
と、今後のインフレ再加速に懸念を示した。
同欄では、ソニーフィナンシャルグループのシニアエコノミスト渡辺浩志氏も、
「米国のインフレは峠を越えるも、依然高水準。モノと家賃のインフレは沈静化が見えていますが、賃金と連動性の高いサービス(家賃除く)のインフレは楽観できません。
大手ハイテク企業で万人単位の人員削減が頻発する昨今ですが、米国にはまだ約1100万人の求人があります。空前の人手不足が続き、リストラされた人々もすぐに再就職できる状況。失業率はむしろ低下し、賃金上昇率は高止まりしています」
と、賃金インフレへの警戒を示したうえで、こう指摘した。
「それゆえFRBは『継続的な利上げ』を行う方針を示しています。市場は年内の利下げを期待していますが、希望的観測による時期尚早な金利低下や株高はインフレの沈静化を遅らせかねません。その警戒からパウエル議長は年内の利下げを改めて否定しました」
パウエル議長「ハト派変身」で金が高騰、暗号資産まで回復
日本経済新聞オンライン版(2月2日付)「米株続伸、過度な引き締め懸念後退 ナスダックは2%高」という記事に付くThink欄の「ひと口解説コーナー」では、日本経済新聞社特任編集委員の滝田洋一記者が、FOMCの結果を受けて、一気に活況を呈した市場の反応をこう解説した。
「米利上げ局面が終わりに差しかかっていることで、マーケットは走り出しました。株式市場では金利に敏感なナスダックがパウエル議長会見をきっかけに2%の急上昇。商品市場では金利を生まない資産である金(ゴールド)が急騰しました。見逃せないのは暗号資産であるビットコインが円建てで300万円を回復したことです」
さらに、ドル円相場も大きく動いたとして、
「米長期金利の低下を織り込む形で、ドル相場が下げに向かっています」「日本では日銀に利上げを求めるのが挨拶代わりになっていますが、FRBが3月の0.25%利上げで今回の利上げを打ち止めにするようだと、金融政策を取り巻く景色も変わるのではないでしょうか」
と、日本銀行の金融政策への影響を指摘した。
同欄では、みずほ証券チーフマーケットエコノミストの上野泰也氏が、「ハト派」という印象を受けたパウエル議長の立場をこう解説した。
「パウエル議長は記者会見で、FRBにはなお取り組むべきことが多くあり、利上げの続行を引き続き想定しているとした。その一方で同議長は、『ディスインフレのプロセスが始まった』と明言。利上げは終盤だという市場の見方を後押しした。
また、市場は事前に、株高・長期金利低下・ドル安進行によって米国の金融環境がFRBの意図よりも早いタイミングで大幅に緩んでしまうのを回避すべく、タカ派姿勢が今回の議長記者会見でも意識して強調されると警戒していた」
このような、パウエル議長VS金融市場の対立構図を説明。そのうえで、
「だが、実際は警戒したほどでなかったとの受け止めから、株式と債券が買われ、ドルが売られた。最近の金融環境の緩みに関する質問に対し、パウエル議長は正面からの回答を回避した」
と指摘した。
FRB対市場のバトルが、日本銀行正常化に飛び火する?
パウエル議長VS金融市場の対立についていえば、「両者の戦いはまだまだ続く」と指摘するのは、野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミスト木内登英氏だ。
木内氏は「一段と鮮明となるFRB利上げ姿勢の変化:利下げ時期を巡るFRBと金融市場の戦いは続く」(2月2日付)のなかで、「金融市場はFRBの見通しに挑んでいる」という。それは、
「金融市場は3月のFOMCで0.25%の利上げが実施された後、先行きの金利見通しをさらに引き下げ、追加利上げは見送られるとの見方を織り込んでいる。さらに、年後半には合計で0.5%の利下げ実施を織り込んでいる。パウエル議長の『なお複数回の利上げが必要』との発言や、年内は利下げを実施しないとの説明を無視している」
というのだ。
ただし、こうした金融市場の見通しには、それなりの勝算があるのではないか、と木内氏は指摘する。
「パウエル議長は、足元の物価上昇率の低下は財価格の下落によるものである一方、賃金上昇の影響を大きく受けるサービス価格の上昇圧力は依然強い点を強調している。FRBが重視するコアPCE(個人消費)価格指数(除く食料・エネルギー)は、最新12月の3か月前比年率で見るとプラス2.2%と、FRBの目標値である2%にかなり接近している」
というのがその理由だ。
こうした状況を踏まえて、木内氏はこう予測する。
「FRBが3月の次回FOMCで0.25%の利上げに動いたのち、5月のFOMCでは追加利上げを見送る可能性は相応にある。さらに、景気減速の兆候が広がれば、年後半に小幅利下げを実施する可能性はあるだろう」
その場合、4月に新総裁が就任して、金融正常化への第一歩に踏み出す可能性がある日本銀行の金融政策に、大きな影響を与えかねないというのだ。
「次回3月のFOMCを受けて、利上げ打ち止めの見通しと、早期利下げの観測が同時に広がり、一段と円高ドル安が進む可能性が考えられる。
FRBの利下げ観測が強まる場合には、日本銀行が新総裁の下で、4月以降にマイナス金利を解除するといった正常化策を一気に進める可能性は低くなる」
仮に、FRBが年内に利下げを実施しなくても、市場に利下げ観測が強まっただけで、日本銀行がマイナス金利解除を無理に実施すれば、急激な円高が生じてしまう。そうして、株安を誘発する形で、国内経済に強い逆風となってしまうからだ。(福田和郎)