トヨタ自動車の社長が約14年ぶりに交代する。豊田章男社長(66)が2023年4月1日付で代表権のある会長に就き、佐藤恒治執行役員(53)が後任の社長に昇格することになった。トップ交代でトヨタはどう変わるのだろうか。
トヨタでは珍しいエンジニア出身の社長に...「レクサス」チーフエンジニア、水素エンジン開発を指揮
歴代のトヨタ社長は、現在の豊田氏を含め、圧倒的に文系出身者が多い。ところが、佐藤氏は早大理工学部卒で、トヨタでは珍しいエンジニア出身の社長となる。
ホンダのようにエンジニア出身者から社長が選ばれている技術主導の会社もあるが、日本の自動車メーカーの多くは、財務や営業畑を歩む文系出身の社長が多い。豊田氏はあえて、理系で技術に精通した佐藤氏を後任に選んだのだろう。
「デジタル化や電動化、コネクティビリティーも含めて私は古い人間だと思う」
豊田氏は社長交代を発表した2023年1月26日のオンライン会見でこう語った。
換言すれば、トヨタにとって「デジタル化や電動化、コネクティビリティー」が重要で、佐藤新社長にマネジメントを託す、ということなのだろう。豊田氏は「私はクルマ屋の域を超えられない。私にできないことも新チームならできると思う」と語った。
バトンを受ける佐藤氏は「新しいモビリティーの形を提案したい。新たな時代に向けて挑戦する」と呼応した。豊田氏は「トヨタの変革を進めるには、私が新社長をサポートする体制が一番良いと考えた」と述べた。
佐藤氏はこれまで高級車「レクサス」のチーフエンジニアを務めたほか、モータースポーツ部門の責任者として、耐久レースに参戦する水素エンジンの開発も進めてきた。
新車発表の記者会見で、佐藤氏は豊田氏と一緒に登壇することも多く、エンジニア出身の役員として技術面の解説を担ってきた。長身で弁も立つ佐藤氏は、メディアにも数多く登場し、目立つ存在だった。
豊田新会長と同じ車好き...スポーツカー路線も当面変わらなそう?
豊田氏が佐藤氏を後任に指名する決め手になったのは、理系出身のエンジニアであるだけでなく、佐藤氏が豊田氏と同様、無類のクルマ好きであることも大きいのではないか。
佐藤氏は大学時代にガソリンスタンドでアルバイトした経験をもつ根っからのクルマ好きだ。最近では1980年代のトヨタの名車「AE86」を手に入れ、レストア(修復)していると公言している。
お互い「カーガイ」であることも、豊田氏と佐藤氏の信頼関係につながっているに違いない。だが、よくも悪くも周囲には、クルマ好きの「お友達」同士が会長・社長に就任するようにも映る。
その意味において、トヨタのクルマ作りが急激に変化するとは考えにくい。とりわけクルマ好きにとっては、豊田社長が復活させた86(現GR86)やスープラ、新たに投入したGRヤリスなどのスポーツカー路線が当面変わらないのは朗報だ。
また、環境対応車をめぐってはプリウス、アクアが代表するハイブリッドカーとミライの燃料電池車、そしてbZ4Xが第一弾となった電気自動車(BEV)の「全方位路線」も変わらないだろう。 しかし、米テスラや中国BYDなど新興メーカーに加え、独フォルクスワーゲンなどがBEVで市場を固めつつある中、トヨタだけ全方位路線で本当に大丈夫なのか。
トヨタは内燃機関の脱炭素化にこだわっている。その中で、佐藤氏がモータースポーツ部門で陣頭指揮を執る水素エンジン車の技術が完成し、市販車に及ぶかどうかは大きな焦点だ。
静岡県裾野・工場跡地で進む未来都市「ウーブン・シティ」、世間を驚かすことはできるか?
一方で、さらに将来のモビリティーに視野を広げるなら、トヨタが静岡県裾野市の工場跡地で進める未来都市「ウーブン・シティ」の開発プロジェクトが実現するかも大いに注目される。
2021年2月に着工した同プロジェクトは、地上に自動運転モビリティーや歩行者専用の道路を作り、地下にはモノの移動用の道路を作るなど壮大な計画だ。将来的には、トヨタの従業員を含む2000人以上の住民が暮らすという。
経営者としての佐藤氏の実力は未知数だが、豊田氏は自身と異なる理系のセンスで、佐藤新社長に難局を乗り切ってほしいのだろう。会見でも「佐藤新社長を軸とする新チームのミッションは、トヨタをモビリティー・カンパニーにフルモデルチェンジすること」と豊田氏が語る姿も印象に残った。
目下の注目は、数年以内にウーブン・シティに登場するモビリティーだろう。そして、ウーブン・シティはトヨタが「モビリティー・カンパニー」にフルモデルチェンジできるかどうかを占う点で極めて重要だ。
ウーブン・シティは豊田氏の掛け声だけで終わるのか、それとも佐藤新体制で世間をアッと言わせるのか、真価が問われることになる。(ジャーナリスト 岩城諒)