日銀の黒田東彦総裁が約10年にわたって主導してきた異次元の金融緩和がダッチロール状態に陥っている。日銀は「官製統制」を強めて低金利を維持しようと必死だが、市場はその足元を見透かしている。
金融機関への「共通担保資金供給オペ」拡充...力尽くで長期金利を抑える姿勢が鮮明に
日銀は2023年1月18日に開いた金融政策決定会合で、長期金利の上限を0.5%程度に抑える現状の金融緩和策の維持を決めた。
日銀は22年12月の同会合で、「市場機能の回復」を理由に突如、長期金利の上限を0.25%から0.5%に引き上げた。しかし、この措置がかえって市場を刺激し、海外投資家を中心に「1月会合でも上限の再修正(さらなる引き上げ)は避けられない」との見方が拡大。1月会合直前には市場で国債の売り圧力が強まり、長期金利が0.5%を超える事態が頻発する状況になっていた。
黒田・日銀は政策維持を打ち出すことで、こうした市場の期待にクギを刺したかっこうだ。
それだけではない。1月18日の会合では、金融機関に低金利で資金を貸し出す「共通担保資金供給オペ(共通担保オペ)」の拡充を決定した。これは、民間金融機関に資金を供給し、それも動員して国債買いを強めるもので、力尽くで長期金利を抑える姿勢を鮮明にしたといえる。
だが、なぜ1月18日の会合で日銀は動かなかったのか。
黒田総裁は会合終了後の記者会見で「(12月会合で決定した長期金利の上限を0.5%に引き上げる)運用見直しからさほど時間が経っておらず、市場機能の改善がまだはっきりする事態にはなっていない」と説明した。
12月会合の上限見直しの成果を見極めるためにも、もう少し時間を置く必要があるというのが日銀の「公式見解」だ。
ただ、実情は異なる。
政府、日銀の双方に近い関係者は次のように解説する。
「物価高にもかかわらず、政策変更をしない日銀の姿勢に、政府は強い不満を募らせていた。これが12月会合での上限修正につながった。しかし、市場も予期しないサプライズ修正になったため、影響は政府・日銀の想定以上に大きかった。慌てた日銀は1月会合で、修正の影響をいかに打ち消すかに腐心した」
10年債の利回りだけが突出して低い「ゆがみ」解消の政策修正のはずが...
12月会合をめぐる事情はJ-CASTニュース 会社ウォッチ「日銀、異次元金融緩和の転換...舞台裏に政治との駆け引き? きっかけは11月の岸田首相と黒田総裁の会談か」(2023年1月6日付)で詳報した通りだが、12月会合の影響が日銀の想定以上だった背景には、異次元の金融緩和に限界が近づいていることがある。
日銀の実際の金利操作を確認しておくと、現在は長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りを、日銀が設定した上限以下に抑える「YCC(イールドカーブコントロール)」という手法を採用している。
しかし、市場で売買される国債は10年債だけではない。通常は国債の残存年数が多くなるほど利回りも高くなる関係になるが、日銀がYCCで10年債だけを集中して買い続けた結果、10年債の利回りだけが突出して低い事態に陥っている。
この「ゆがみ」を修正することが、12月会合で政策修正をした狙いの一つだったが、市場は「事実上の利上げだ」と受け止めた。債券市場全体で上昇圧力が拡大し、ゆがみが解消されないまま、全体の金利水準が上昇。日銀は過去最大規模の国債買いを続けるしかなくなった。
この状況に歯止めをかけるため、日銀は今回、共通担保オペの拡充など、長期金利を抑える「官製統制」を強めたわけだ。
これでは、法律で禁じられた実質的な「財政ファイナンス」...異次元緩和の修正は、時間の問題か
ただ、市場では「効果は限定的だ」と冷めた見方が広がっている。
1月会合を受け、債券市場では長期金利がいったん落ち着いた動きになってはいるが、金利上昇の圧力が弱まったわけではない。逆に、YCCの「副作用」が拡大している状況だ。
日銀が10年債だけを無制限で買い続けているため、発行される10年債の多くを日銀が引き受ける形が続いている。
これが債券市場の機能低下を招き、さらに法律で禁じられた実質的な「財政ファイナンス」(国債の日銀引き受け)と見られても仕方がない状況だ。
黒田総裁の任期は4月。岸田文雄首相は黒田氏の勇退を明言しており、異次元緩和の修正は次期総裁に委ねられることになる。
投機筋の一人は「誰が総裁になっても、現状のままYCCを続けることは難しい。異次元緩和の修正も時間の問題だ」とささやく。10年を経た異次元緩和が瀬戸際に立たされている。(ジャーナリスト 白井俊郎)