これまでにないジャンルに根を張って、長年自営で生活している人や組織を経営している人がいる。本書「『非会社員』の知られざる稼ぎ方」(光文社新書)は、フリーランスの人たちがどのように生計を立てているのか、マネタイズしているのかに迫ったノンフィクションである。
「『非会社員』の知られざる稼ぎ方」(村田らむ著)光文社新書
著者の村田らむさんは、1972年生まれ。ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマン。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教などをテーマにした潜入取材を得意とする。著書に「樹海考」「ホームレス消滅」などがある。サラリーマン経験は一切ないが、他のフリーランスの事情はほとんど知らなかったという。
同書は、東洋経済オンラインの同名の連載から12人分を収録した。ゴミ屋敷に商機を見出した男性、不登校からトップブロガーになった男性、認知症の世界を漫画で描く現役ヘルパーの女性らが登場する。その中からインパクトの強い何人かを紹介しよう。
大阪で「魔女」を名乗る男性
大阪でイベントスペースを運営する「魔女」を名乗る男性、B・カシワギさん。大阪の雑居ビル5階に経営する「銀孔雀」はある。さまざまな願いをかなえるキット、魔女のほうき、魔法の杖などのグッズが並んでいる。
大柄な男性B・カシワギさんが店主。男性だが「魔女」を名乗る経緯が綴られている。大阪府岸和田市生まれ。学習塾を経営する両親の下で育ち、大阪教育大学に進学。卒業して、松竹芸能の養成所に入った。1年で辞めて、ライブハウスでイベントを手伝っていたが、潰れたためにフリーになった。
大学の映画部で得たスキルを使い、仲良くなったホームレスのドキュメンタリーを撮影してDVDを500~1000円で販売し、月3万円ほど稼いだ。実家暮らしだったので、生活費はほとんどかからなかったという。無料でもトークライブに出演、ギャラを1000円でももらえればありがたかった。
先輩芸人が作った小さなお笑いの劇場の経営を引き継ぎ、「なんば白鯨」を始めたのが、29歳のとき。「売れる前の芸人が本当にやりたいことをやれるハコ」をめざした。ノーギャラでイベントに出ていたときに知り合った人たちが出演してくれた。入場料は払ってもらい、出演者に負担がかからないシステムで経営した。
月40本のイベントを企画して、20本に出演するという過酷なスケジュールをこなし、収入も増えた。同じビルにサブカルチャーのトークライブを中心とする2軒目のライブハウスを開店。自分自身がくつろげる店が欲しくなり、3軒目はバーを作った。さらにレストランも。
順風満帆な2015年、以前知り合った女性と再会した。離婚して「魔女」をやっているという。「ちゃんと教えるから、弟子になる?」と言われて、二つ返事で了承した。魔女のイベントを開催しつつ、1年間魔女について学んだ。そしてB・カシワギさん自身が魔女になった。
魔女は英語でウィッチ。日本語訳では魔女以外の言葉がないので、男でも魔女と呼ばれる。「魔女は自分で儀式を作れる」のが魅力だと言い、悩みを持つ人たちが救われる儀式を作れるかもしれないと思い、魔女の店を作ったという。
嫌なことを忘れる「忘却キット」や意中の人と仲を深めたいキットもあるという。「なぜ効くかわからないが効く」のが魔法の由縁だという。
収支はぎりぎり赤字ではないくらいだが、他の店舗の収入もあるので、やっていけるそうだ。「思いつきで行動しているように見えるが、その裏で成功するための計画やアイデアをしっかり考えている。そして協力してくれる人脈を作る才にも長けている」と、著者の村田さんは評価している。
その後、B・カシワギさんは魔女の店を人に譲り、新たなバーを経営し、コロナ禍を乗り切ろうとしている。こうした流動性が強みなのだろう。