昨年(2022年)12月の消費者物価指数(2020年=100)は、値動きの大きい生鮮食品をのぞいた指数が前年同月より4.0%上昇した。4.0%の上昇率は、第2次石油危機があった1981年12月(4.0%)以来、41年ぶりだ。
総務省が2023年1月20日発表した。2022年を通じても前年より2.3%上がり、消費増税の影響をのぞけば、バブルが崩壊した1991年以来31年ぶりの高い伸びとなった。
おりしも、東京電力ホールディングスが1月23日、家庭向け電気料金(規制料金)の約30%の値上げ申請を経済産業省に行ったと発表するなど、物価高騰が収まらない。日本経済はどうなるのか。エコノミストの分析を読み解くと――。
4月から電気代上昇で、物価高圧力が高い状態続く
総務省が公式サイトで公開した「2022年12月分 消費者物価指数」によると【図表1】、物価上昇は食料品や電気代、ガス代などの値上がりが主な要因だ。
具体的には、「食用油」(33.6%増)、「ポテトチップス」(18.0%増)、外食の「ハンバーガー」(17.9%増)、「炭酸飲料」(15.9%増)、「あんパン」が14.1%、「牛乳」(9.9%増)、国産の「豚肉」(9.4%増)、「卵」(7.8%増)などが値上がり。エネルギーをみると、「ガス代」(23.3%増)、「電気代」(21.3%増)もそれぞれ上昇した。
こうした事態をエコノミストはどう見ているのか。
ヤフーニュースコメント欄では、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員の小林真一郎氏が、
「生鮮食品を除く総合で11月の前年比3.7%に対し4.0%と、足元で物価上昇圧力が一段と強まっています。エネルギー(前年比15.2%上昇)、生鮮食品を除く食料(同7.4%上昇)など、引き続き身近なものの上昇が目立ちます」
と説明。そのうえで、
「年明け後は原油価格下落や円安修正に加え、政府の物価高対策による押し下げもあり、前年比プラス幅は一時的に縮小する見込みです。しかし、今年4月から電力会社等による燃料調達費の上限引き上げが見込まれるなど、物価高圧力が高い状態が続きそうで、2023年も生鮮食品を除く総合で2.2%ほど上昇すると予想しています」
と、厳しい見方を示した。
値上げは、恩恵を受けていた高齢世代から現役世代への所得移転
同欄では、ソニーフィナンシャルグループのシニアエコノミストの渡辺浩志氏が、
「インフレで実質賃金が減少するなか、従業員の生活維持や労働力確保の観点から大企業を中心に賃上げの動きが出てきています。日銀が金融政策の正常化を進める場合もインフレが持続的・安定的であるかどうかがポイントであり、賃金上昇が本格化するかが焦点」
と指摘。ただし、
「現在の日本のインフレは、食料やエネルギーに押し上げられたコストプッシュ型。目先は電気代支援等でインフレ率は1%ポイントほど下がる見込みです。また、世界景気の減速で国際商品市況が下落していることから、日本のインフレは年後半には前年比で1%近辺まで落ち着いてくる公算です。行き過ぎたインフレが沈静化するのは望ましいものの、それで賃上げの機運まで後退してしまわないか注目されます」
という見方を示した。
同欄ではまた、第一生命経済研究所主任エコノミストの藤代宏一氏が非常にユニーク見方を示した。
「値上げは高齢世代から現役世代への所得移転と捉えることもできます。コスト増の中で、企業が値上げを我慢して収益が削られ、賃上げの原資が失われれば、賃金が上がる可能性は大幅に低下します。値上げ・賃上げが消失した1990年代半ばから2010年代まで高齢者はデフレ気味の経済環境で相対的に恩恵を受けてきました」
と、所得再配分の面から値上げを評価した。そして、
「最近の値上げによって高齢者を中心に消費者が打撃を被るのは事実ですが、企業が人件費増加の原資を確保できる素地が整ってきたことに鑑(かんが)みると、現役世代は相対的に打撃が小さくなりそうです(=高齢世代から現役世代への所得移転)。
足もとの『極端』なインフレが収まった後、『緩やかな』値上げが定着し、賃金と物価が相互刺激的に上昇することが理想的です」
と、「賃金上昇と物価上昇の好循環」に期待を示した。
デフレから脱却する「賃金と物価の好循環」が難しい理由
ところで、日本経済が長期間続いたデフレから脱却する「賃金と物価の好循環」は起こるのだろうか。
「その期待は、今年後半にはしぼんでいくだろう」と悲観的な見方を示すのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「CPI上昇率は4%でピーク:賃金と物価の好循環は起きず、日銀の2%の物価目標達成は今後も見通せない(12月消費者物価)」(1月20日付)のなかで、消費者物価の今後の見通しを示しながら【図表2】、こう指摘した。
「当面は、食料品価格での値上げの動きが続くだろうが、海外での商品市況の下落や円高の影響から、今年後半には消費者物価上昇率の鈍化傾向はより鮮明となり、年末の消費者物価上昇率は前年比で1%台前半まで下落し、2024年春以降は1%を下回ると予想する」
つまり、日本銀行が掲げる「安定的な2%の物価上昇」には及ばないとみられるわけだ。しかも、今年の春闘で期待されるベア上昇率も低水準に終わりそうだと予想する。
「労働組合の中央組織である連合は、ベア3%程度、定期昇給分も含めて5%程度の賃上げを掲げて春闘に臨む。従来よりも1%高い目標水準である。
昨年は0%台半ばのベア、定昇込みでプラス2.2%の賃上げとなった。今年は、ベアプラス1%強、定昇含みプラス3%弱と予想する。この賃上げ率は、1997年以来の高水準である」
「しかし、この賃金上昇率は、日本銀行が掲げる2%の物価目標の達成を助けるものとしてはかなり力不足だ。日本銀行は、安定的な2%の物価上昇率と整合的な賃金上昇率の水準は3%程度と指摘している。
重要なのは、この3%の賃金上昇率は、定期昇給分を含まないベアの部分のことであることだ。定期昇給は、個人のベースで見れば賃上げになるが、労働者全体では賃上げにならない。退職していく人もいるためだ」
そして、こう結んでいる。
「(実質賃金の上昇率を上げるには)0%の労働生産性上昇率がプラス1%程度にまで高まることが必要と考えられるが、それは金融政策では達成できないものだ。政府の成長戦略、技術革新、労働者の質向上などが必要となる」
「賃金と物価の間に好循環が生じるという期待は、今年後半にはしぼんでいくだろう。物価上昇率の低下を反映して、2024年、25年の春闘では、賃金上昇率は低下していくと見込まれる」
大企業の賃上げの流れ、中小企業に波及するのは難しい
明治安田総合研究所の経済調査部エコノミスト前田和孝氏も、「賃金と物価の好循環は起こらない」といったトーンで指摘する。
前田氏は、リポート「【日本消費者物価指数(22年12月)】コアCPIは4%に到達~中長期的なインフレ期待の定着は難しい」(1月20日付)のなかで、中小企業の賃上げの動きに注目して、こう指摘した。
「今年の春闘では、経団連が賃上げを前向きに検討するよう呼びかけるなど、円安で企業業績が堅調なグローバル企業を中心に、高水準の賃上げに向けた機運が高まっている。もっとも、こうした賃上げの流れが中小企業を含めた幅広い層の労働者に波及する展開は期待しづらい。
エネルギー価格上昇の主因である原油価格はすでに落ち着いた推移に転じている。円安も一巡し、円/米ドル相場はピーク時から1ドル=20円/ドル前後円高方向に戻っている。再び急速な円安や原油高が進むことがなければ、年後半には物価上昇率は鈍化に向かう可能性が高い。
これは家計にとっては朗報だが、中長期的なインフレ期待の定着は結局実現しないとみる。日銀が目指す、経済の好循環を生み出す『前向きな物価上昇』を伴う物価目標の達成は容易ではない」
中小企業の賃上げが厳しい情勢のうえ、日本銀行が期待する「安定的な物価上昇」が収まってしまうというわけだ。(福田和郎)