新入社員の労働時間や残業時間は減っているのに、離職率は逆に高まっている――。そんな仕事の現場の変化を掘り下げたのが、本書「ゆるい職場」(中公新書ラクレ)である。「働きやすい会社」を、なぜ若者は辞めてしまうのか? 意外な事実が明らかになった。
「ゆるい職場」(古屋星斗著)中公新書ラクレ
著者の古屋星斗さんは、リクルートワークス研究所主任研究員。一橋大学大学院を修了、経済産業省に入省。産業人材政策などに携わり、2017年より現職。労働市場の分析をしている。
労働環境が改善しているのに、離職率は上昇の謎
はじめに、「労働環境が急速に改善しているのにも関わらず、なぜ離職率は上昇しているのか?」という問題を提示している。
大手企業(従業員1000人以上)の大卒以上新入社員の週労働時間は、2015年では44.5時間であったが、2019年では43.5時間、2020年では42.4時間と、しだいに減っている(リクルートワークス研究所、全国就業実態パネル調査)。
1週間の法定労働時間を40時間とすれば、残業時間は4.5時間から2.4時間とほぼ半減しており、労働環境は急速に改善していることがわかる。その一方、大手企業の入職3年未満の新入社員の離職率は、2009年卒では20.5%であったが、2017年卒では26.5%まで上昇していた(厚生労働省調査)。
この間、全体では過去の最高水準と比べ低い水準(約32%)で推移していたのに、大手企業だけが上がっているのはなぜか? 古屋さんは、大手企業が先んじて対応を迫られた、労働法改正による職場運営ルールの変化を要因に挙げている。
1つ目は2015年から施行された若者雇用促進法だ。
新卒者を募集する企業に、幅広い情報提供を事実上義務付けた。これにより、新卒者の早期離職状況や残業時間、有給休暇取得日数などを公開する企業が増えた。職場環境が定量化されて外に出るようになり、その情報開示の恩恵を、ここ5年ほどの新卒社員は受けているという。
2つ目は働き方改革関連法である。
2019年4月以降の大企業では、どんな事情があっても、月100時間未満(年間では720時間以内)で時間外労働時間を設定し、これを遵守する必要が生じた。罰則もあり、時間外労働時間の削減が求められた。
3つ目が2020年6月に施行されたパワーハラスメント防止法である。
パワハラと業務上の指導の線引きが難しくなり、上司・先輩から部下へのコミュニケーションの枠組みは大きく変わった、と指摘している。
ほかにも、「人的資本経営」が提唱されるようになり、日本の職場環境が2015年以前のような状態に戻ることはない、と断言している。つまり、変わったのは「若者」ではなく、「職場」だというのだ。
不満型退職から、不安型退職へ
ここから浮かび上がったのが、「ゆるい職場」という本書のタイトルにもなった職場の実態である。
リクルートワークス研究所が2022年3月に行った調査では、職場に対して「ゆるさ」を感じた入社3年未満の社員は8.4%、「どちらかと言えばゆるい」と感じた人は28.0%、合わせて約36%の新入社員が「職場がゆるい」と答えている。かつて、学生から社会人になり、仕事のきつさに驚き、「やめたい」と感じた人は多いのではないだろうか。
しかし、同研究所の調査では、仕事に負荷を感じることが低下、一度も叱責叱責されたことがないという人も25%まで上昇している。また、職場への評価も高まっている傾向があるという。職場環境もよくなり、会社のことが好き。それなのに、なぜ辞めるのか?
古屋さんはさらに掘り下げた質問をした。
すると、「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」が35.0%、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」が48.9%、「学生時代の友人・知人と比べて、差をつけられているように感じる」が38.6%と「不安」を感じる人が多いことがわかった。
さらに、職場を「ゆるい」と感じている新入社員の離職意識が強いデータもあり、「不満型退職から不安型退職」へと変わった、とまとめている。
入社前からすでに違う新入社員たち
若者の価値観は二層化しているという。コストパフォーマンスを追求する「コスパ志向」についても、
「自分の履歴書に書けるようなプロジェクトに積極的に取り組みたい」
「自分の名前で仕事ができるようになりたいので、今の仕事を選んだ」
と積極的な人がいる一方で、
「上司や同僚と異なることをして睨まれるのは無意味と思う」
「給料は一定なので人より早く帰るほうが得」
と消極的に考える人がいる。同じ「コスパ志向」でもベクトルは反対だ。
そもそも、学生時代の社会的経験が異なり、入社前から違うというのだ。
入社前に社会的経験が多い人ほど、離職率が高い――つまり、「見切りが早い」というデータもあるそうだ。これを古屋さんは「新入社員の大人化」と呼んでいる。
背景としては、2016年卒から転機が見られ、先に挙げた労働法のさまざまな改正が、若者と企業の双方を変えた、と見ている。
自社単独ではもはや若手をかつてのように一人前では育て切れない、と考える企業の中には、「育てず、育ち切った人を採用する」という選択をする企業も出てきた。一部の外資系企業やベンチャー企業などだ。だが、こうしたただ乗りが許されるだろうか、と問題提起している。
最後に、古屋さんは、「会社が若者を育てる」から「若者が会社を使って育つ」という主語の転換を提唱する。
さまざまな理由で、企業の関与が薄くなる一方、社会は若者にどういう支援を提供できるのか?
ハードな仕事だが、社内トレーニングが充実しているコンサル業界が、若者の人気を集めている、という話も聞く。なぜなら、「きつい職場」でも、その後のキャリア形成において「コスパ」がよいからだ。こうした潮流もまた、「ゆるい職場」の人気がないことの裏返しなのだろうか。(渡辺淳悦)
「ゆるい職場」
古屋星斗著
中公新書ラクレ
990円(税込)