【海外通信@ドイツのいま】2022年、サッカーワールドカップ(W杯)カタール大会での日本代表の活躍は日本中を熱狂の渦に巻き込みました。
ドイツに暮らす日本人家庭の一つである我が家でも、ドイツ戦での勝利に、「ドイツ代表を相手によくぞ......!」と大いに歓喜しました。それと同時に、「勝者の顔をして街を歩くのは危険だ」と、すっと身を引き締めたものです。試合翌日、職場や学校でサッカーの話題を控えた日本人も1人や2人ではなかったことでしょう。
サッカーが生活や文化、国の歴史や国民の意識と深く結びついているドイツだからこそ、W杯2大会連続でグループリーグ敗退という結果は、控えめに言って「屈辱」であったと思います。
W杯敗退が決まった12月2日、ドイツの各メディアはその失望感や驚き、悲しみをさまざまに伝えていましたが、その中の一つの番組で、日本人への差別的な発言が飛び出してしまいました。
ドイツのニュースチャンネル「Welt」の番組で、元プロのサッカー選手であるジミー・ハートヴィッヒ氏がアジア人を差別する用語「チン・チャン・チョン」という言葉を発したのです。
コロナ禍で増幅、アジア系へのヘイト...2人に1人が差別を経験
ドイツ代表は日本戦の前に、手で口を覆うポーズを取って集合写真を撮り、多様性と差別反対を訴えたことでも話題になっていたため、「アジア系への差別は許されるのか?」と、ドイツ在住のアジア系住民の問題意識に火をつけました。
オンライン署名活動も立ち上がり、「アジア人差別に立ち向かう」では2023年1月上旬現在、約2万筆のオンライン署名が集まっています。
オンライン署名サイトchange.orgで、「Stop Racism Against Asians アジア人差別に立ち向かう Stoppt Asiatischen Rassismus」が立ち上がった。(出典:www.change.org)
海外生活において、見知らぬ人から脈絡なく、「チン・チャン・チョン」という言葉をぶつけられたり、「つり目のポーズ」をされたりすることは、残念ながら珍しいことではありません。
その差別的な言動によって、血が流れるわけでも、逮捕されるわけでもないので、アジア系住民自身もこれまで、「騒ぎ立てるほどのことじゃない」「自分が気にし過ぎなければ済む話」と個人の問題として捉えてきました。
現在ドイツに住む約110万人のアジア系移民のうち、約7割は移民第一世代。社会における発言力や影響力が十分にあるとは言い難い立場ながら、「経済的に自立していて面倒を起こさない移民優等生」と見られがちです。
そんな中、アジア系に対するヘイトや差別が社会問題化してきた背景には、新型コロナウイルスの感染拡大もあります。
フンボルト大学ベルリン、ベルリン自由大学、ドイツ統合移民研究センター(DeZIM)は2020年、新型コロナウイルスの感染拡大後に発生したアジア系住民への差別についてアンケート調査を実施しました。
◆参考
Factsheet Anti-asiatischer Rassismus in der Corona-Zeit(2021年5月)
https://mediendienst-integration.de/fileadmin/Dateien/Factsheet_Anti_Asiatischer_Rassismus_Final.pdf
調査結果によると、アジア系住民の2人に1人が新型コロナの流行拡大期に差別を経験したと答えました。「言葉による攻撃」が多かったものの、11%は「身体的な暴力」でした。
回答した700人のアジア系住民の約半数が、差別を経験。無視72%、言葉による攻撃62%、施設での拒否(医療施設で予約が取れないなど)27%、身体的な暴力11%。(出典:https://mediendienst-integration.de/)
また、アンケート回答者の15.2%が「新型コロナウイルスの急速な広がりはアジア人のせい」としていることからも分かるように(もちろん、偏見以外の何ものでもありませんが)、新型コロナ対策として日常生活に厳しい行動制限が課せられるようになった頃から、アジア系住民に対するヘイトが目に見えて増加しました。
ドイツに暮らして15年が経ちますが、外出する時に、日本人らしい自分の顔を晒すことに不安を抱く日々を過ごしたのは二度目です。
一度目は2011年、ドイツで福島第一原発事故のニュースがセンセーショナルに報道された時期で、道を歩いていると「日本は世界を汚染するつもりか!?」などと怒鳴られる経験をしました。
コロナ収束に向かうドイツですが、アジア人を標的にした差別や暴行事件がなくなったわけではありません。何か事が起きると、すぐに黄禍論が頭をもたげます。
私自身は移民一世という立場ですが、ドイツで生まれ育っていく子ども達にとって、アジア系の顔をしているというだけで、蔑みの対象になったり、暴力の標的になったりする状況は残酷に過ぎます。
「どこから来たの?」「ドイツ語、上手だね」という悪気のないステレオタイプから、アジア人を侮辱する言動まで、明確な差別とみなされずに長年放置されてきた結果が、アジア人を狙う暴力や命を奪うような事件にエスカレートする。そういった状況を重く見て、アジア系住民は抗議の声をあげはじめました。
昔ながらの童謡も、人種差別的...企業が使用中止へ
希望はあります。
ドイツで、これまで見逃されてきた人種差別的な作品にもメスが入りました。
ドイツの童謡に「Drei Chinesen mit dem Kontrabass(コントラバスを持った3人の中国人)」があります。これは、何十年も幼稚園や小学校で歌われてきた歌です。
歌詞の内容は、3人の中国人が道端でコントラバスを持って何か話していると、警察がやってきて、事情を聞くというものです。そして、その歌詞が中国人の発音を揶揄するように、さまざまなバリエーションで訛っていく...。ドイツ語の発音の練習に持ってこい、と語学学校で歌うケースもあるようです。
ドイツの大手おもちゃメーカーであるラベンスバーガー社(Ravensburger Verlag)は、この歌を今後発売する商品には収録しないことを決定しました。
また、2021年9月にはフォルクスワーゲン財団が「童謡における人種差別」をテーマにイベントを開催。文化とも密接に関係する分野であるため賛否があるのは当然ですが、差別的なイメージが子どもに与える影響は甚大です。
たとえば私には、こんな経験があります。ある昼下がりのこと。子連れで入ったカフェで、お向かいの席にも小さな子連れの家族がいました。年齢の近い子どもがいることで、言葉を交わしていると、4歳くらいの男の子がもじもじ恥ずかしそうに、でも微笑みながら、人差し指で目を横にひっぱったのです。
その瞬間、私も、男の子の親も凍り付きました。すぐに、「やめなさい!」と言ったお母さんに、「なぜ?」という顔の男の子。
「自分たちとは違う顔の人」という表現は、挨拶がわりに使って良いジェスチャーではありません。でも、この男の子は、よく知らないままに、友好的なポーズとして使ったようなのです。そういうことは、大人の世界でもまだ横行しています。
人種差別と聞くと、ドイツではナチス・ドイツ時代のユダヤ人差別やトルコ系、アフリカ系への差別を思い浮かべることになりますが、歴史的な悲劇も始まりは日常的な差別や偏見でした。
今はもう我慢の時ではなく、声をあげることで、「怒らせると面倒な人種」の仲間入りをするべき時なのかもしれません。
先のW杯では、アフリカ勢初のベスト4入りしたモロッコの快進撃にも注目が集まりました。私たちが暮らす街にも、こんなにモロッコ人の隣人がいたのかと驚くほど、勝ち進むたびに勝利を祝う車のクラクションが響き渡りました。
それは、「私たちはここにいる!」「私たちは弱者じゃない!!」という叫びにも聞こえました。(高橋萌)
【プロフィール】
高橋 萌(たかはし・めぐみ)
ドイツ在住ライター
2007年ドイツへ渡り、ドイツ国際平和村で1年間の住み込みボランティア。その後、現地発行の日本語フリーペーパー「ドイツニュースダイジェスト」に勤めた。元編集長。ドイツ大使館ブログでは「ドイツ・ワークスタイル研究室」を担当。サッカー・ブンデスリーガ大好き。日本人夫とバイリンガル育児に奮闘中。
Twitter: @imim5636