日銀、異次元金融緩和の転換...舞台裏に政治との駆け引き? きっかけは11月の岸田首相と黒田総裁の会談か

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   日銀が、異次元緩和の転換に乗り出した――。円安の進行や金利市場の歪みなど、黒田東彦総裁のもとで10年近く続いた金融政策の副作用が問題になり、政策の修正に追い込まれたというのが大方の見方だ。

   黒田総裁は「利上げではない」と強調するが、額面通り受け止める向きは少なく、金利、外国為替市場は神経質な動きが続く。

  • 異次元緩和の転換に乗り出した日銀
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長期金利の上限、0.25%→0.5%に拡大

   日銀の決定は、従来、0.25%程度としてきた長期金利の変動幅を0.5%に拡大するというものだ。2022年12月20日の金融政策決定会合で、全会一致で決めた。

   もう少し正確に言うと、長期金利0%を基準とするゼロ金利政策は続けるが、「プラスマイナス0.25%」としてきた変動の許容範囲を「プラスマイナス0.5%」に拡大した。事実上、金利の上限を0.25%から0.5%に、「利上げ」したことになる。

   具体的には、国債を売買する市場で、長期金利がこの許容範囲の0.25%を突破しそうになると、日銀は10年物国債を0.25%の利回りで無制限に買う「指し値オペ」を実施して、力ずくで0.25%に抑え込んできた。これを0.5%まで認め、そのラインで指し値オペをすることになる。

   これまでの政策が行き詰まった直接の理由は、世界的な物価上昇。それにより、米欧などの中央銀行がインフレ抑制のため、一斉に利上げを進めていることだ。ゼロ金利政策を続け、極端に低金利の日本と米欧との金利差が拡大したため、外国為替市場では円売りが加速し、2022年10月には32年ぶりに1ドル=151円台をつけていた。

黒田総裁「金融緩和政策に変更はない」...市場関係者「その説明には無理がある」

   日銀の実質利上げの効果はてきめんだ。

   10年物国債利回りは12月20日の決定発表後に急騰し、一時、0.460%と7年5か月ぶりの水準を付け、この日は0.395%で取引を終えた。外為市場の円相場も、発表前の1ドル=137円台から133円台へ、一気に4円の円高になり、深夜の海外市場で一時、130円台まで円が買われた。

   ただ、こうした市場の「素直」な反応とは裏腹に、決定会合後の記者会見で、黒田総裁は金利変動幅の拡大が「金融緩和の効果を円滑に波及させるためのものだ」と説明。「利上げでも、金融引き締めでもない。金融緩和政策に変更はない」と強調した。

   だが、「さすがに、黒田総裁の説明には無理がある」(市場関係者)というのが大方の受け止めだ。

12月会合で、従来からの見解を否定する議論が浮上

   日銀の金融政策を決める決定会合は、議決権を持つ総裁と副総裁2人、審議委員6人の計9人による合議制・多数決制だ。そして、年8回の会合の6営業日後に「主な意見」を公表。さらに、より詳細な「議事要旨」を次回決定会合の承認を経て、公開する。

   日銀が12月23日に公開した10月会合の議事要旨によると、複数の委員が政策変更について「中途半端に政策を変更すると物価と賃金の好循環を妨げるリスクがある」と慎重な意見を表明していた。

   この時点では、日銀に政策変更の意思はなかったとみるのが至当だろう。

   黒田総裁以下の日銀幹部はこれまで、会見や講演などで、金利変動幅拡大について、「事実上の利上げになる」「金融緩和の効果を阻害する。全く考えていない」と繰り返していた。

   ところが、12月28日に公表された12月会合の「主な意見」では、長期金利の変動幅を拡大する今回の決定案をめぐり、「金融緩和の方向性を変更するものではない」「(金融緩和の終了を探る)出口に向けた変更ではない」などの声が相次いだ。

   「金利変動幅の拡大は実質利上げ」との従来からの見解を否定するような議論が突如、飛び出したかたちだ。

通常、金融政策の先行き見通しを情報発信し、市場の混乱を避けるが...

   こうした日銀の「心変わり」とも見える今回の対応は、結果として市場にサプライズとなり、日本経済を蝕む過剰な円安を是正する効果を生んだ。しかし一方で、「市場との対話」という日銀の重要な役割にケチがついたのは間違いない。

   中央銀行は金利操作という、ときに経済に劇薬的な効果を与える力を持ち、損をする人、得をする人が出る。それだけに、通常は金融政策の先行きの見通しを、会見や講演その他の情報発信を通じて市場に浸透させ、混乱を避けるものだ。

   米連邦準備制度理事会(FRB)がこの間、パウエル議長を先頭に利上げの幅やペースについて、さまざまに情報発信し、市場に混乱をきたさないように細心の注意を払っている。

   とくに、過去、景気テコ入れのための利下げの場合はサプライズをあえて狙い、市場にインパクトを与えて、景気浮揚に弾みをつけようとしたことは多い。だが、利上げは、基本的に経済活動にマイナスなことから、慎重に市場への事前の浸透を図るのが常だ。

   今回の日銀の決定は、過去の経験からも、異質と受け止められている。

日銀の政策の中身に、首相が口をはさむ異例...日銀は先手を打って政策変更?

   こうしたイレギュラーな事態を招いた背景に、政治との駆け引きを指摘する声が少なくない。

   大きな転機になったと官邸筋が指摘するのが、11月10日に首相官邸で行われた岸田文雄首相と黒田総裁の会談だ。官邸を去り際、黒田総裁は記者団に「政府と密接に連携しながら、機動的に政策運営を行っていくことで意見が一致した」と語った。その「機動的政策運営」が、1か月半後の、今回の実質利上げということだ。

   この会談では、岸田首相が黒田総裁の発言に苦言を呈した、との情報が広まっている。「金利を引き上げることはない」と強調しすぎると、今後の政策選択の幅を狭めかねないとの懸念が官邸には強い。

   もとより、日銀は政府からの独立性を保障されており、直接、政策の中身に首相が口をはさむのは異例のことだ。

   特に、9月の日銀の決定会合後、金融引き締めに転じる時期について、黒田総裁が「2~3年先」と語ったことが「官邸を怒らせた」(大手紙経済部デスク)といわれる。黒田総裁の任期は23年4月まで。後任の手を縛るような発言は、円安にともなう物価高への対策に追われる官邸の怒りを買ったとしても、不思議ではない。

   「こうした空気を感じ取った黒田総裁が、政府の圧力の激化を懸念し、先手を打って政策変更に動くことで、本格的な利上げ圧力を鎮静化させようとした」(経済部デスク)との声もある。

日本の低金利政策がこのままではもたない

   ただ、政治以上に、市場との今後の関係は重要だ。

   今回、結果として、欧米利上げを受けた市場の金利上昇圧力に日銀が屈したといえ、本質的には、日本の低金利政策がこのままではもたないことを示したということでもある。

   ヘッジファンドなどが国債に売りを浴びせ、長期金利上昇へと圧力を強める可能性も指摘される。大規模な緩和がさらに縮小に動かざるをえなくなるとの思惑から、年明け2023年1月4日の外為市場では、円が約7か月ぶりに1ドル129円台に上昇した。

   日銀vs市場に政治も絡み、「ポスト黒田」の人選を含め、目が離せない局面が続く。(ジャーナリスト 白井俊郎)

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