年末に向けて、さまざまな経済予測本が書店に並ぶようになった。本書「2023年 日本はこうなる」(東洋経済新報社)は、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが総力を挙げて、最新トレンドをまとめたものだ。
「2023年 日本はこうなる」(三菱UFJリサーチ&コンサルティング著)東洋経済新報社
巻頭言で竹森俊平理事長は、「構造的なエネルギー逼迫が世界経済を大きく変える」と予測している。
日銀はインフレ抑制か?高インフレ許容か?...苦渋の選択に
エネルギー情勢が厳しくなったのは、ウクライナ戦争のためだけではなく、グリーン、SDGsのブームが広がる中で、世界が脱炭素に向けて動いていたことも要因に挙げている。
化石燃料設備への投資は金融市場から敬遠されるようになり、自然エネルギーからの電力供給が大幅に拡大する2030年代までの中期的なエネルギー需給にはぽっかり穴が開いていた、と指摘する。
「ロシアは、エネルギーが最強の武器になるまさにこのタイミングを狙って、ウクライナ戦争に打って出た」のである。
現在、欧州や米国よりはるかに低いインフレ率にとどまる日本。だが、今後、欧州が実施するロシア産石油の輸入削減策や、その対抗としてのロシアの天然ガス供給削減といった行動が、さらなるエネルギー価格高騰を生む。そして、それが、日本経済への不安に基づく円安を招いて、インフレ率は急上昇するかもしれない、と見ている。
日銀はインフレ抑制を優先するか。それとも、財政の安定を重視して、高インフレを許容するかの苦渋の選択を強いられるという。
金融政策正常化の準備を進める日銀
本書は3部構成。第1部が総論、第2部が「2023年のキートレンドを読む」、第3部が「2023年を理解するためのキーワード」となっている。
第1部の書き出し「ようやく終わりそうなデフレとの20年戦争」に、明るい未来への期待が感じられる。
「デフレとの戦いは終わりが見えない長期戦の様相を呈していたが、2%の物価安定目標が現実のものとなり、日銀が金融政策を正常化する道が開けてきた。デフレ戦争が終結すれば、競争力と成長力を高める真のデフレ脱却のための戦いが始まる」
まさかの2%物価安定目標達成と冷ややかに眺めながらも、デフレ戦争終結のチャンスを、日銀がみすみす逃すとも思えない、と見ている。
「日銀は、焦らず、しかし遅れを取ることのないように、金融政策正常化の準備を進めているはずだ」
サプライチェーンの再構築が課題に&医療業界、建設業界は「働き方改革」加速
第2部では、5つのキートレンドについて解説している。
まず、ロシアによるウクライナ侵攻がグローバリゼーションを止めたとしても、世界共通の目標であるSDGsの達成や、欧州が牽引する脱炭素社会への移行、ESG投資の流れは変わらない、としている。
2つ目にウクライナ危機後のサプライチェーンリスクに言及。経済安保の観点でサプライチェーンは再編されるという。ロシアや中国に依存しないサプライチェーンを構築しようとする際のキーワードが「持続可能性」である。
3つ目がDXの進展と新しい働き方である。新型コロナウイルス感染症の拡大が非対面・非接触業務への変革がテレワーク導入を後押しした。
医療業界における働き方改革と、DXに触れていることも注目だ。
国内の医師20万人(病院勤務医)のうち、4割にあたる約8万人の医師は年間残業時間が960時間を上回っており、これは一般事業会社での過労死認定レベル(月80時間超目安)に相当するという。
これを解消しようというのが、24年4月から始まるのが働き方改革関連法の「医師の働き方改革」だ。医療DXの推進がカギになる。自分たちの業務を棚卸しし、次にアナログな間接業務のデジタル化を進めることを提案したいる。
同様に時間外労働の上限規制の猶予を受けていた建設業界でも、24年4月以降は本格的な規制対応が求められるため、23年からDXを取り入れた働き方改革が求められることになりそうだ。
施行の前段階から3次元モデルを構築することで、多様な関係者との情報連携を可視化し、業務の効率化を図る取り組みが進みそうだ。
インボイス制度導入で、DXが加速する年に
第3部「2023年を理解するためのキーワード」は、国際社会・海外ビジネス、産業、企業経営、地球環境・脱炭素、働く場、社会・文化、地域の7章にわたり、73のキーワードを選び出し、解説している。
その中で、23年の喫緊の課題として浮上しそうなのが、「インボイス制度」である。
23年10月1日からインボイス制度(適格請求書保存方式)が開始される。これまでは各社が独自の請求書を発行していたが、制度導入後は「インボイス」が正式な請求書となる。
インボイスを発行するには、適格請求書発行事業者としての登録が必要であり、23年3月31日までの申請が求められる。そのうえで重要なのが、システム対応だ。
インボイス制度は、ほぼすべての企業が同じ時間軸で取り組むとともに、IT導入補助金など政府の経済的支援も予測されることから、社会全体でDXが加速する、と予想している。
このほかにも、蒸発から復活への期待が高まる「インバウンド」、気候変動対策におけるビジネスチャンスになりそうな「炭素クレジット」、水素社会実装に向けた取り組みが加速しそうな「水素エネルギー」、経営に社会的健康を包摂する「ウェルビーイング経営」などのキーワードが目についた。
とくに「ウェルビーイング」は複数の章に登場しており、この先、「マジックワード」に浮上しそうな気配である。(渡辺淳悦)
「2023年 日本はこうなる」
三菱UFJリサーチ&コンサルティング著
東洋経済新報社
1980円(税込)