2012年に公開され、大ヒットを記録した映画「レ・ミゼラブル」をご存じでしょうか。日本では累計動員が455万人以上、累計興収は55億円を突破し、日本で公開されたミュージカル映画としては歴代1位を記録しました。
本書は、著者のブログで連載して人気を博した映画レビューから、「レ・ミゼラブル」など、厳選100本を選んだ作品です。「映画は、愛する人を亡くした人への贈り物」。2022年公開の最新作から、話題作、ホラー、アニメまで網羅した、究極の映画ガイドです。
「心ゆたかな映画 ハートフル・シネマズ」(一条真也著)現代書林
日本では「ああ無常」のタイトルで知られる
2012年の映画「レ・ミゼラブル」は、フランス・ロマン主義の文豪ヴィクトル・ユーゴーの小説をもとに、1980年代にロンドンで上映されて以降、世界各国でロングラン上映されてきたミュージカルを映画化した作品でした。
ところで「レ・ミゼラブル」は、小学校の教科書や児童書では「ああ無情」として紹介されています。この「ああ無情」というのは、小説家、翻訳家として活躍した黒岩涙香(1862年~1920年)が、「レ・ミゼラブル」を日本で初めて翻案した時に付けられたタイトルです。
当初、ジャーナリスト、翻訳家として手腕を発揮した森田思軒(1861年~1897年)が、「レ・ミゼラブル」一部を、「哀史」という題名で訳しますが、完訳には至りませんでした。その後、黒岩涙香による翻案が『噫無情』(ああむじょう)として完訳され、広く知られるようになります。
簡単に、「レ・ミゼラブル」のストーリーを紹介しましょう。1815年、パンを盗んだ罪で19年も刑務所にいたジャン・バルジャンが仮釈放されるところから、小説は始まります。すぐに生活に行き詰まった彼は、教会に忍び込み、老司教の銀食器を盗みます。ところが、その罪を見逃して、赦してくれた司教の心に触れて、ジャン・バルジャンは改心することを誓います。
過去を捨てた彼は、仕事に打ち込み、8年後には市長にまで上りつめます。彼は、不思議な運命によって、以前自分の工場で働いていて、娘を養うために極貧生活を送るファンテーヌと知り合います。バルジャンはファンテーヌの幼い娘・コゼットの面倒を見ると約束しますが、自分の正体を知る男・ジャベールに追われることになります。
ジャベールの執拗な追跡をかわしてパリに逃亡したバルジャンは、コゼットに限りない愛を注ぎ、美しい娘に育てあげます。しかし、時代は風雲急を告げ、パリの下町で革命をめざす学生たちが蜂起し、誰もが激動の波に呑みこまれていき――。
きっとどの映画も観たくなる!
作者のユーゴーは当初、本作の売れ行きを心配し、出版社に「?」とだけ記した問い合わせの手紙を出し、出版社の担当者からは「!」とだけ記された返事を受け取ったというエピソードが有名です。これは、世界一短い手紙であると言われています。
また、ユーゴーは文学以外でも、多くの功績を残しています。1845年には貴族院議員にも選ばれ、社会の改革、とりわけ死刑廃止を中心とする刑法の改善、教育制度の整備、そして下層の人々の生活改善に取り組みました。
1848年の2月革命によって発足したナポレオン三世の第二帝政のもとでは、パリ選出の市会議員として、政治に参画しています。さらには、1992年に実現したEC(ヨーロッパ共同体)の必要性を19世紀の半ばから訴えていました。文学のみならず、政治、福祉、そして宗教などの分野に大きな影響を与えたのです。
ユーゴーが1885年年に83歳で他界したときには、フランスで国葬が営まれました。フランス各地方、世界各国の代表、パリ市民などが参列したと伝えられています。その数なんと、200万人です。人類史上、最も参列者が多いとされる葬儀と言われているそうです。
――こういった内容が、本書「心ゆたかな映画 ハートフル・シネマズ」にはまとめられているとともに、著者独自の視点による考察が秘められています。時代背景や作品構成、登場人物の捉え方によって、作品はこんなにも広がりを見せてくれるのか、と驚くはずです。
映画の概略はもちろん、著者の視点から考察される映画のテーマ、裏テーマ、映画通の著者だからこそ感じるそれぞれの映画の魅力などが詳しく書かれています。読後はきっと、どの映画も観たくなることでしょう。(尾藤克之)