黒田総裁と日銀執行部が交わした「名」と「実」の取り引き
日本銀行が「事実上の利上げ」という政策変更を行なった背景には何があったのか。
「金融緩和継続に固執する黒田総裁と、金融正常化を目指す日本銀行執行部の間で『名』と『実』のトレードが成立したのだろう」と推測するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内登英氏は2012年から5年間、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会審議委員を務め、うち約4年間は黒田総裁体制と重なる。そして、黒田氏の「質的・量的緩和策」に反対していたことで知られる。
その木内氏はリポート「金融市場が警戒する日本銀行の次の一手と物価動向」のなかで、今回の「イールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利差の操作)柔軟化」という「事実上の利上げ」には次の2つの狙いがあったと指摘する。
(1)日本銀行の硬直的な金融政策運営が円安を加速させたとして、政府、企業、家計から強い批判を受けたことへの対応で、関係修復への試み。
(2)次期総裁のもとでのより明確な柔軟化、正常化策を先取りし、新体制への移行を円滑にする試み。
ただし、黒田総裁自身はこうした考えに積極的ではなく、日本銀行の執行部(事務方)からの強い説得によって、直前になってしぶしぶ受け入れたのではないかと推察されるという。木内氏はこう説明する。
「任期中は2%の物価安定を目指して緩和姿勢を一歩も後退させない、という信念を貫き通したい黒田総裁にとって、今回の措置でも金融緩和の枠組み、方針が維持されたことから、何とか体面は保たれた形だ。黒田総裁は『名」を取ったと言えるのではないか。
他方、次期総裁の新体制下でも引き続き政策運営に携わるため、悪化した政策運営の環境を改善したいと考える執行部は、金融政策の柔軟化を進め、政府、企業、家計との関係修復の足掛かりをつかんだ、という点で『実』を得たと言えるのではないか。両者の間で『名』と『実』トレードが成立し、今回の措置の実施に至ったのではないか」