サッカーワールドカップ(以下、WC)・カタール大会は、日本代表がドイツ、スペインという世界の強豪国に対して、共に逆転勝ちし、グループリーグをトップで勝ち抜ける大活躍もあって、日本中が大変な盛り上がりを見せました。
残念ながら、決勝トーナメントは1回戦でクロアチアに敗れ、ベスト8進出はなりませんでしたが、コロナ禍に加えウクライナ情勢の影響もあり、何かと暗い世相の今年において、国内にこのうえなく明るい話題を提供してくれたと思います。
選手と監督の信頼関係を築く、コミュニケーションの必要性
私自身決してサッカーは専門ではありませんが、素人目に見ても日本代表チームはこれまでの大会に比べて強くなった、いいチームになったとの印象を抱きました。普段海外で活躍する選手も増えて選手個々人の力量が上がったこともあるのでしょうが、やはりチームスポーツである以上、チームワークというものもかなり重要です。この点でも、今までのチーム以上に、統制がプラスに働いていたのではないでしょうか。
この点に関して、巷では森保一監督の手腕を持ち上げる声が多数あります。確かに、森保監督のゲーム戦略や選手起用は、勝利に大きな貢献を果たしたと思います。しかし一番の貢献度は、チームづくりにあったのではないか、と思うのです。特に、日本チームの監督が日本人であったということも大きいのではないのか、と。
サッカー日本代表チームの歴史を振り返ってみると、1991年に日本初のサッカープロリーグであるJリーグがスタートし、本格的にWC出場を意識し始めます。監督も高額年俸を用意してオランダ人のハンス・オフト氏を招へいしますが、この段階では、WC出場は果たせませんでした。もちろんこの時代は海外で活躍できるような選手も少なく、技術的な部分で足りないものがあったのは確か。その補充的な意味合いで、世界レベルのサッカーを知る指導者を招き入れたという理由もあったと思います。
結局、日本が始めて予選を勝ち抜いてWC出場を果たしたのは、次大会を加茂周監督→岡田武史監督で臨んだ折でした。今振り返れば、実力向上以上に、日本人監督を中心としたチーム内コミュニケーションの円滑化が、チームにプラスをもたらした結果ではなかったか、と思います。
というのも、加茂氏の就任は、オフト氏の後任であったP.Rファルカン監督のチーム内コミュニケーションが問題視されてのものであったからです。結果論ではありますが、地元開催で明らかな地の利があった2002年日韓合同WC以外、海外開催で初めてグループリーグを勝ち上がり、ベスト16に駒を進めたのも、病に倒れたイビチャ・オシム監督の後釜として急遽、監督に返り咲いた岡田氏が率いた2010年南アフリカ大会でした。
その次の4年を引き継いだアルベルト・ザッケローニ監督時代の2014年ブラジル大会では、日本チームはグループリーグで1勝もできずに終わるという結果に。さらに次なる4年は、ハビエル・アギーレ氏が海外での不祥事疑惑に絡んで、途中解任。それを継いだバビド・ハリルホジッチ氏もWC本大会2か月前に突如解任という、外国人監督の解任が相次ぎます。
特にハリルホジッチ氏の解任は、日本サッカー協会田嶋幸三会長がその理由を「選手たちとのコミュニケーションや信頼関係が薄れていた」と述べており、外国人監督のチームビルディングにおけるコミュニケーション面での限界をあらわにしました。そして、やはり急遽、後任監督に就任した西野朗氏は、2018年ロシア大会を率い、ベスト16進出を果たしています。