「今を生きる国民(我々)が、自らその責任を背負う重みを持つべきだ」。防衛費増額にともなう増税に関連して、2022年12月13日の自民党役員会で、岸田文雄首相がしたとされる発言――。
もともと報じられていたのは「今を生きる国民」で、負担を受け入れて当然といったトーンは反発を招いていたが、その後、事務的ミスだったとして党のホームページ上でも「今を生きる我々」に修正した経緯があった。
防衛費増額には、前のめりな姿勢を見せてきた岸田首相。唐突な増税の動きには、与党・自民党内からも反対論が巻き起こったものの、岸田首相はわずか1週間ほどの議論で、与党税制調査会がまとめる税制改正大綱に増税方針を盛り込ませた。
岸田首相が日ごろからアピールしていた「聞く力」はどこへ行ったのか? この強硬な手法に、主要紙の社説は総スカン状態だ。
朝日新聞「首相は言行不一致」「自民党の無責任の極み」
与党自民党と公明党は2022年12月16日、税制改正大綱を決定した。
大綱では、防衛力の拡大強化に必要な財源として、5年後の2027年度に毎年1兆円余りが足りなくなるとして、その確保のため、法人税、所得税、たばこ税の3つの税目で増税措置を複数年かけて実施するとしている。
具体的には、以下の措置をとる。ポイントをこうだ。
(1)法人税は、中小企業などに配慮する措置をとったうえで、納税額に4%から4.5%の付加税を課す。
(2)所得税は、納税額に1%の新たな付加税を課す。そのため、所得税の中から東日本大震災の復興予算に充てている復興特別所得税の税率(2.1%)を1%引き下げる代わりに、期間を大幅に延長。事実上、復興特別所得税から防衛費を捻出する。
(3)たばこ税は、1本当たり3円相当の引き上げを段階的に行う。
また、これとは別に、政府の方針をして、戦後初めて「建設国債」を防衛費に充てる考えも示された。
こうして与党がまとめた税制改正大綱発表などを受け、岸田文雄首相は12月16日、記者会見を行い、「議論のプロセスに問題があったとは思っていない」などとして、国民に理解を求めたのだった。
だが、主要各紙の社説では、ほとんど財源の議論もせずに見切り発車した岸田文雄首相の強引な手法を批判する論調が相次いだ。
朝日新聞社説(12月18日付)「防衛費の増額 看過できぬ言行不一致」はこう糾弾した。
《首相はおととい(12月16日)の安保関連3文書決定後の会見で、防衛費の安定財源確保について「今を生きる我々が未来の世代に責任を果たす」と述べた。だが、示された「財源」はどれもあやふやで、「未来に責任を果たした」とは到底言えない代物だ。
増税も、法人税や所得税などを上げる枠組みは固めたが、自民党内の猛反発で実施時期は決めなかった。先送りに等しい。防衛費の大幅な増額を声高に求めながら、増税の話には及び腰になる自民党議員は無責任の極みだが、これを財源確保と称する首相も大同小異である。》
なぜ、財源を示せないのか。朝日新聞はこう続ける。
《そもそもまともな財源を示せないのは、防衛費拡大が国力を超えているからだ。今後5年で計43兆円との額を先行させ、専守防衛を空洞化させる敵基地攻撃能力に巨費を投じる。その判断の誤りは、大きな禍根を残すだろう。
戦後の安全保障政策の一大転換でありながら、決め方もあまりに拙速だ。とりわけ、増税を含む財源確保策が国民に見える形で議論されたのは、わずか1週間しかない。 恒久的な増税ならば、税制全般について将来に向けたあるべき姿をあわせて示すことが必須である。富裕層に有利な金融所得課税などのゆがみにはほとんど手をつけずに、復興特別所得税の仕組みの転用を打ち出すのは、安易に過ぎる。》
そして、「防衛力強化の中身、予算、財源について、一体での議論のやり直しが必要だ」と訴えた。
東京「納税者への背信行為」、毎日「悲惨な戦禍の歴史を無視」
「そもそも防衛費拡大に国民的合意が得られていないのに、増税に突き進むことは納税者に対する背信行為だ」と厳しく批判するのは、東京新聞社説(12月16日付)「『軍拡増税』了承 納税者への背信行為だ」である。特に問題にしたのは、復興特別所得税の防衛費への転用だ。
《復興特別税は2013年、東日本大震災の復興を目的とする特別措置法に基づいて創設された。所得の税額に25年間2.1%上乗せするなどして、増収分を復興に活用する仕組みだ。
与党税調は、所得税額の1%分を付加税として防衛費の増額に転用し、課税期間も延長する増税方針を了承した。この手法だと当面、課税額は変わらないが、負担は長期化し、期間延長後の防衛財源分は増税になる。
東北地方を中心に震災で甚大な被害を受けた地域では暮らしが根底から崩れた。福島第一原発事故で帰郷を断念した人々も多い。社会基盤の回復は道半ばであり、復興予算の転用は論外だ。復興特別税の転用は復興を願う納税者や被災地の人々の思いを踏みにじる失策ではないか。》
東京新聞は「法人税増税も理解に苦しむ」として、こう続ける。
《現行の法人税額に4?4.5%上乗せする付加税方式を採用し、中小企業の大半は対象外という。急激な物価上昇で打撃を受けた暮らしを回復するには、早期の賃上げが必要不可欠だ。
首相は先月(11月)開かれた「新しい資本主義実現会議」で「物価高に負けない対応を労使にお願いする」と明言している。連合は来年の春闘に向けて5%の賃上げ要求方針を決め、経済界からも理解を示す声が出始めていた。
賃上げ機運が生まれたこの時期に、手のひらを返すように企業に増税を求める首相の姿勢は、経営者の心理を一気に冷やし、賃上げの流れを台無しにしかねない。年明けには生活必需品を中心に新たな値上げのピークがくる。賃上げの見通しが立たないまま物価高の大波が再来すれば、人々の暮らしはひとたまりもない。》
こう指摘して、「首相の決断を許すわけにはいかない」と結んだ。
また、毎日新聞社説(12月18日付)「防衛費増額に建設国債 また一つ歯止めが外れる」が問題視したのは、防衛費増額に国債を使う手法だった。こう断罪した。
《危険なのは、国債で集めた資金を防衛費に直接充てる道を開いたことだ。世論の反発を招きやすい増税より政治的ハードルが低い。艦船や戦闘機など装備にまで使い道を広げようという動きもある。
安倍晋三元首相は「防衛予算は次の世代に祖国を残す」と、装備にも使える「防衛国債」を発行すべきだと唱えていた。自民党には同様の主張をする議員がいる。
だが、国の将来に役立つ政策は教育や科学技術など数多い。防衛だけを強調するのはおかしい。歴代の政権は景気対策などを理由にして国債を大量発行してきた。それでも防衛費に直接充てることを控えてきたのは、第二次世界大戦時の財政運営への反省があったからだ。国債で膨大な戦費を調達し、悲惨な戦禍を引き起こした。》
そのため、戦後初の国債発行を決めた1966年、当時の福田赳夫蔵相は「軍事費の財源として発行することはない」と明言したのだった。そして、歴代政権もこの見解を守ってきた。
《自民党内の反発は根強く、国債発行を求める圧力が強まりかねない。首相は防衛費増額のための国債発行を「未来の世代への責任として取り得ない」と否定していた。その姿勢を崩してはならない。》
北海道「選挙で国民に信を問うのが筋」、東京「国会議員こそ自らの痛みから逃げるな」
「増税をするなら国民に信を問うのが筋だ」として衆議院解散を求める新聞も少なくない。北海道新聞社説(12月15日付)「防衛費の財源 増税も国債も理がない」は、こう訴えた。
《防衛費増額に関わる増税や国債発行は国政選挙で問われておらず、国民の理解は得られていない。税の扱いは憲法が規定する財政民主主義の根幹だ。国民の代表である国会に諮らず政権が恣意(しい)的に運用することは原則に反する。国会での徹底議論が欠かせない。
増税するなら国民に信を問うのが筋である。
防衛費に関して(中略)財源は歳出改革などのほか、2027年度以降は1兆円強を増税で賄うとし「今を生きる国民が自らの責任として、その重みを背負って対応すべきだ」との考えを示した。
しかし、具体的な装備内容を示さないまま「規模ありき」で総額を示し、そのうえ増税まで求めるのは議論が倒錯している。財源確保が難航しているのは、大幅増額が国力に見合ってないことの証左ではないか。
そもそも首相は「個人の所得税の負担が増加するような措置は行わない」と明言していた。復興特別所得税の課税期間を大幅延長することに伴う増税は、この発言に矛盾していると言うほかない》
北海道新聞は「他の財源も問題が多い」とし、新設する「防衛力強化資金」も必要な額を本当に捻出できるかは疑わしく、「現状は絵に描いた餅だ」と厳しく指摘した。
さら、政府・与党は国民に「痛み」を要求しながら、自らの「痛み」から逃げているではないか、と糾弾するのは東京新聞社説(12月15日付)「『軍拡増税』論議 議員特権は手付かずか」だ。
《岸田文雄首相が防衛力強化のための財源として増税を求める意図を「今を生きる国民が自らの責任として、その重みを背負って対応すべきだ」と説明した。ならば問う。国民に新たな負担を求める政治家は痛みを分かち合い、その責任を果たしているのか、と。
国会議員の特権や高額給与を温存し、国民に責任と負担増を押し付けるとは、理解に苦しむ。特権の代表格は、国会議員歳費とは別に非課税で毎月100万円が支給されている調査研究広報滞在費(旧文書通信交通滞在費)だ。使途の報告や領収書提出の義務はなく、事実上何にでも使える。》
さらにこう続ける。
《税金から支払われる旧文通費は昨年秋の臨時国会で与野党が見直しに合意したが、実現したのは名称変更と日割り支給にとどまる。12月10日閉幕の臨時国会でも使途公開は実現せず、抜本的な是正策は3国会連続で先送りされた。
野党は使途公開や未使用分の返金を義務付ける法案を提出したが、与党は審議にすら応じず、首相が議論を促すこともなかった。必要経費は実費精算という社会常識を無視し続ける与党に、国民に負担増を求める資格があるのか。》
そして、東京新聞も「国民に信を問え」とこう訴えるのだった。
《そもそも与党は直近の衆参両院選挙で、防衛力強化のための増税を公約していない。補欠選挙を除き国政選挙は当面予定されておらず、国民に不人気な政策でも進められると政府与党が考えているなら、思い違いも甚だしい。
「軍拡増税」の是非は敵基地攻撃能力(反撃能力)保有など安全保障政策の転換と合わせ、主権者たる国民に信を問うべきであり、それが議会制民主主義の手順だ。その前に政治家が旧文通費などの特権を手放し、痛みを分かち合う姿勢を示すのは当然である。》
産経と日経「増税は理解できるが、国民に丁寧な説明を」
もっとも、新聞は一様に、増税に反対しているわけではない。
産経新聞主張(社説)(12月18日付)「税制改正大綱 懸案の先送りは無責任だ」は、防衛増税をめぐり、法人税とたばこ税の引き上げや、復興特別所得税の延長を決めるなど、「必要な防衛財源の確保に向け、具体的な内容を決めたのは前進」といえると評価した。
しかし、「自民党内の強い反発を受け、実際の導入時期を明記しなかったのは問題である」と批判した。
《自民、公明両党による令和5年度の与党税制改正大綱は、防衛費増額に充てる防衛増税の導入時期の決定に加え、格差是正に向けた所得課税やエコカー減税の見直しなど、主要な懸案を軒並み先送りした。
改革の検討項目をただ並べるのが改正大綱ではない。どのような課題があるかを示したうえで、明確な処方箋を決めなければならない。それだけに今回の大綱は、与えられた責任を果たしたとはいえない内容となった。
日本の財政事情は厳しく、今後も少子高齢化や防衛、脱炭素などで財政需要は膨らむ。一方で経済の活性化も喫緊の課題である。政府・与党は、今こそ大胆な税制改革が求められていることを忘れてはならない。》
日本経済新聞社説(12月16日付)「防衛力強化の効率的実行と説明を」は、「足りない財源を増税で賄うのはやむを得ない」という立場だが、「国民の理解を得ながら丁寧に進めてもらいたい」と注文した。
《与党税制改正大綱は防衛費増額に対応する法人、所得、たばこ各税の増税措置を示した。だが、実施は「2024年度以降の適切な時期」と曖昧にとどめ、次の通常国会への関連法案の提出も見送る。
どうしても足りない財源を増税で賄うのはやむを得ない。首相は予算規模と財源措置を年内に一体で決着させる意向だった。増税方針への与党の反発で先送りを迫られ、不透明さが残る。
わたしたちは防衛力強化の議論は国民の理解を得ながら丁寧に進めてもらいたいと主張してきた。にもかかわらず、その中身の大半が明らかになったのは12月に入ってからである。増税方針も含め、拙速感は否めない。
歴史的な安保政策の転換だけに、政府は今後の国会審議などで野党の意見に真摯に耳を傾け、建設的な議論をすることで国民の幅広い支持を得る努力をすべきだ。》
(福田和郎)