岸田文雄首相が打ち出した防衛費増額が迷走している。財源をめぐり「ルールやぶり」とも言える手法が続出し、火だるまになっている状況だ。
「厳しい安全保障環境を前に、一刻の猶予もない」。2022年12月10日の記者会見でこう強調した岸田氏だが、国民の理解を得るにはほど遠いのが実情だ。
被災地支援に使う「復興特別所得税」を流用する案...ろくな説明もなく 与党内からも反対
岸田政権は今後5年間の防衛費を43兆円程度とする方針を示している。これは、現行計画(5年間で計25.9兆円)の1.5倍の規模となり、17兆円程度の追加財源が必要になる。
岸田首相は10日の会見で、「未来の世代に対する私たち世代の責任だ」として、2027年度時点で必要となる約4兆円の追加財源のうち、1兆円強を増税でまかなう考えを打ち出した。
問題は増税の中身だ。
首相は繰り返し、「個人の所得税の負担が増加するような措置は取らない」と明言してきたが、実際に政府が示した増税メニューを見ると、「復興特別所得税」の活用がしっかり盛り込まれていた。
復興特別所得税は2011年に発生した東日本大震災の復興財源を確保するため、所得税額に2.1%を上乗せするかたちで課されている。2037年まで、25年間の時限措置として実施されている。
これを38年以降も延長したうえで、一部を防衛費のための特別税に看板をかけかえて防衛財源に充てよう、というのが政府の青写真だ。
発案したのは財務省。「現在の上乗せ規模を維持すれば、年間の所得税負担は変わらない。首相発言と矛盾はしていない」(政府関係者)という理屈だが、これほど国民を馬鹿にした話はないだろう。
復興特別所得税は震災という未曾有の事態に、国民が一丸となって財源を出し合い、被災地の復興を支えようと創設された。それをろくな説明もないまま、防衛費財源に使うことは許されない、という理屈は真っ当だ。
実際、「流用案」が明らかになると野党はもちろん、与党内からも反対の大合唱が沸き起こった。被災地からも怒りの声が相次ぎ、政府は火消しに追われる事態となっている。
「国債には頼らない」はずが、一部に「建設国債」あてる方針に転換か...歴代政権も使わなかった「禁じ手」
財源をめぐる岸田発言との矛盾はこれだけではない。
首相は防衛費増額の財源について「防衛力の維持強化のためには、安定財源の確保が重要だ」として、次世代に負担をつけ回す国債発行には頼らない、と強調してきた。
しかし、財源をめぐる与党内協議が難航すると政府は急きょ、自衛隊の施設整備の一部に建設国債をあてる方針を打ち出した。
自民党内では、萩生田光一政調会長が防衛費財源に国債を発行することも選択肢の一つだと発言するなど、最大派閥の安倍派を中心に、「国債発行論」が根強い。
「建設国債を発行することで、与党内のガス抜きにもなる」(首相周辺)狙いがあるが、この問題は政治の駆け引きの材料として簡単に利用していい話ではない。
防衛費の財源に建設国債を使うことをめぐっては、1966年の国会で当時の福田赳夫蔵相(後の首相)が「国債発行の対象とするのは適当ではない」と明確に否定した経緯がある。
歴代政権もこの見解を守ってきた。建設国債はインフラ整備などに充て、それが経済波及効果を生むという理屈で発行されている。それだけに、建設国債の防衛費への活用案は、戦後の政府方針を大転換することを意味する。
しかし、ここでも政府から明確な説明はほとんどない。岸田発言との矛盾に、国民の不信だけが高まっているかっこうだ。
強硬姿勢貫く岸田首相...防衛力強化で自身の指導力アピール?
首相は防衛力強化を、自身の指導力をアピールする場として利用しようとした節がある。増額規模や財源について、立て続けに言及するなど議論をリード。増税を含む財源の確保策についても年内に結論を出すことにこだわるなど、ふだんの岸田流とは明らかに違う強硬姿勢を何度も示してきた。
ただ、それは指導力とイコールではない。目立ったのは岸田首相のリーダーシップではなく、あまりに拙速に議論を進める焦りにも似た姿だ。
「もっとちょっと早く決めてもらえれば、ここまで短期間にならなかった」
岸田首相の指示で増税議論を担うことになった自民党税制調査会の宮沢洋一会長は12月13日、財源確保を要請する鈴木俊一財務相と浜田靖一防衛相にこう苦言を呈した。
宮沢氏は首相のいとこに当たる。身内からも拙速さをたしなめられたかっこうだ。
岸田政権の空回りが続く。(ジャーナリスト 白井俊郎)