最近、よく耳にする「承認欲求」という言葉――。日本でテレワークがうまく進まない原因は、閉ざされた組織に巣くう特異な「承認欲求」にあると、本書「日本人の承認欲求」(新潮新書)は指摘する。誰もが持つ認められたい気持ちをコントロールし、満たされるにはどうしたらいいか。テレワークがさらした日本の社会、企業の深層に迫る本である。
「日本人の承認欲求」(太田肇著)新潮新書
著者の太田肇さんは、同志社大学政策学部教授。経済学博士。専門は組織論、人事管理論。著書に「『承認欲求』の呪縛」などがあり、30年以上前から人を動かすモチベーションの源泉として、承認欲求に注目しながら組織や働き方の研究を続けてきた。
コロナ以前から、「テレワーク」に注目...魅力的な反面、さびしさ、物足りなさも
少し前は、「自己実現」ブームが全盛だった。経営学や組織論の分野でも、自己実現欲求を満たす仕組みをつくれば、会社も人も成長し、共存共栄が図れると考えられていた。
しかし、実際に調べてみると、自己実現欲求よりも、むしろ承認欲求が圧倒的な力を持ち、さまざまな形で人を動かしていることがわかった。会社や役所などの組織で働く人たちを対象にした実証研究でも、それが裏付けられた。
一方で、太田さんは、これからは組織に縛られない働き方が大切になると考え、四半期以上前からテレワークに注目し、全国で実践している人たちを訪ね歩いてきた経験を持つ。
大きな組織に属さなくても、第一線で活躍することができることを確信し、勇気がわいたという。その反面、実際に各地でテレワークをしている人たちと接しても、正直なところ、彼らが承認欲求を十分に満たせているとは感じられなかったそうだ。どこかにさびしさ、物足りなさが漂っていたという。
そして、突然訪れたコロナ禍。多くの企業がテレワークを制度化し、また副業が解禁されるようになった。しかし、「テレワークうつ」を感じる人や、生産性の低下を指摘する人も出てきた。感染拡大が収まると、構えていたように、テレワークから出社勤務に切り替えた企業も少なくない。
在宅勤務では「社会的報酬」が欠けていた
最初に、「テレワークうつ」の正体は承認不足だ、と指摘している。
テレワークに切り替えることが困難な理由を追究していくと、技術的な問題よりも、社会的・心理的な要因が大きな比重を占めていることがわかってきたという。そのなかでも、働く人にとってテレワークで満たされない大切なものは、一言でいうと「刺激」だ。
在宅勤務経験者に対するインタビュー調査を紹介している。
在宅ではあいさつや感謝の言葉、賞賛、言葉かけ、同僚との雑談などの「社会的報酬」が欠けている実態が明らかになった。
ここ数年、「承認欲求」という言葉がちょっとした流行語になっており、「とにかく目立ちたい」「注目されたい」という欲求だと思われているが、それは誤解だという。
そうした行動は承認欲求の特殊な表われ方に過ぎず、実際はもっと奥深くて普遍的で、欲求の中身も表われ方も多様性に富んでいるという。
同じ承認でも、上司と部下という「上下関係」における承認と、同僚同士など「水平方向」の承認とは違う意味を持つ。
承認は自己効力感を高めるか?...実証研究の結果
承認が自己効力感を高めることを裏付けるエビデンスがあるそうだ。太田さんは2009年から2010年にかけて、複数の企業で従業員を対象に、「承認がもたらす効果」について、実証研究を行った。
2~3か月間、上司から部下を意識的に承認――すなわち、ほめたり認めたりしてもらい、承認された部下と承認されなかった部下の間にどのような差が表れるかを見た。すると、上司から承認された部下は、承認されなかった部下に比べて、自己効力感が高くなることが統計的に証明されたのだ。
さらに、自己効力感が高まると、目標に対して前向きに挑戦し、成績も上がることも別の調査で裏付けられたという。
承認欲求とテレワークとの関係について、以下のように述べている。
「テレワークを望む背景には、自己の内面にある『承認欲求の呪縛』から逃れたいという意識が働いている可能性がある。しかし、かりに以前からテレワークが制度化されていても自分の意思でそれを選択できたとしても、自らテレワークを始めることは、周りが残っていても先に帰ったり、上司がよい顔をしなくても休暇を取ったりするのと同じように難しい。(中略)その意味でも、コロナ禍による半強制的なテレワークの実施は好都合だったといえよう」
ところがテレワークを続けていくうちに、だんだんと職場で味わったストレスの記憶が薄れ、「承認欲求の呪縛」が解かれてくる。一方で、「認められたい」という積極的な承認願望が大きくなる。
欧米の会社では日本ほどテレワークによる弊害は報告されていないことから、集団主義的で仕事の分担が明確になっていない日本の会社特有の問題であると分析している。
日本特有の「見せびらかし」文化...「偉い」から「すごい」「さすが」への変化を
とりわけ管理職の場合、その地位によって「尊敬の欲求」も満たせる。ここから、「見せびらかし」文化の功罪を論じている。
最後に、テレワークも端境期を乗り切れば、これまでよりはるかに大きな「承認」が得られる可能性もあり、日本人の働き方を変えるチャンスにもなる、と考えている。
出社勤務とテレワークとを併用した「ハイブリッド型」が定着する可能性が高い。さらに副業解禁と相まって、会社以外の場で「個」が活躍できる場が広がる、と予想する。
それは「起業」という形を取るかもしれない。起業の原動力もまた強い承認欲求であるという。コワーキングスペースが承認の場にもなりうる。
日本の「みせびらかし」文化の中身も「偉い」から「すごい」「さすが」へと変わらなければならない。
フラットで開かれたコミュニティが公私ともに重要な役割を果たすようになり、そこで各自が自分の誇れるものを堂々と披露し、承認欲求を満たせばよい、と結んでいる。
高い次元で働きがいとモチベーションのサイクルが回り始め、日本社会の活力向上、経済の浮揚にもつながると期待している。(渡辺淳悦)
「日本人の承認欲求」
太田肇著
836円(税込)