一時は公然と「共産党、退陣!」「習近平、退陣!」と叫ぶ抗議デモに発展した中国の厳格な「ゼロコロナ」政策。習近平政権は2022年12月7日、大幅な規制緩和に舵を切った。
上海のロックダウンなどで大きな打撃を受けてきた世界市場にとって、「経済活動の正常化はよいこと」と思いきや、「世界のインフレがさらに加速する」といった不安材料があるという。
いったいどういうことか。エコノミストの分析を読み解くと――。
住民を「餓死寸前」に追い込む「ゼロコロナ隔離」禁止
報道をまとめると、厳しい行動制限を伴う「ゼロコロナ」政策に対して、各地で激しい抗議デモが起きた中国は、規制を見直す動きが広がっている。これまで、商業施設や地下鉄などに入るにはPCR検査の陰性証明の提示が求められていたが、12月6日から上海市や北京市、広州市などでは必要がなくなった。
また、12月7日には中国政府当局から10項目の新しいコロナ対策が発表された。その中には、高齢者のワクチン接種を加速させることや、地方政府が住宅区画全体などの広い範囲を高リスク地域に指定して隔離することを禁じる措置も含まれている。また、北京市だけに認めていた無症状者の「自宅隔離容認」を全国に拡大した。
特に、地方政府による高リスク地域指定は、広州市では住宅地全体を1か月以上も厳重に封鎖。買い物の外出も禁じたため、住民を「餓死寸前」に追いやったとして怒りを買い、警官隊との衝突に発展しただけに、国民の不満解消に配慮した形だ。
さらに、感染拡大リスクが高くない地域では、人の移動制限、工場や企業の操業停止といった過剰対応を禁止する。国内外の企業がロックダウン(都市封鎖)によって操業を停止する事例が相次いでいたが、稼働状況が改善しそうだ。
中国経済回復が米インフレを加速させ、FRBを悩ませる
こうした「変化」をエコノミストはどう見ているのか。
「金融市場目線でみると、中国がゼロコロナ政策緩和に動くと、米国のインフレを加速させる恐れがあるため、FRB(米連邦準備制度理事会)が困惑することになる」と指摘するのは、第一生命経済研究所主任エコノミストの藤代宏一氏だ。
藤代氏はリポート「中国のゼロコロナ終了がFedを悩ませる?」(12月6日付)のなかで、「今後、中国のゼロコロナ戦略が緩和され、中国国内の需要が復調すれば、それは米国を含む世界の財物価に対して上昇圧力(インフレ圧力)を生じさせ得るだろう」と述べている。
その証拠に、藤代氏は世界景気の強さを映し出す「銅」価格の底堅さに注目、こう説明した。
「銅価格は長引く中国のゼロコロナ戦略に対する失望、欧米の景気減速を背景に春先に急落した後、10月下旬まで安値で推移していたが、ゼロコロナ戦略修正の期待もあってか直近は反発に転じている【図表1】」
「今後、銅を含む工業用金属など広範なコモディティ価格(商品先物価格)が上昇する可能性があり、それは財物価を押し上げる方向に作用すると考えられる。中国の需要増大に伴い、中国国内でインフレ圧力が高まり、例えば中国PPI(卸売物価指数)が反転上昇するような状況になれば、米国にも一定のインフレ圧力が波及するだろう」
これまで、中国PPIと米国CPI(消費者物価指数)が一定の連動性をもってきた。【図表2】をみると、中国で卸売物価指数が上がると、米国の消費者物価指数が上がる相関関係がある。なぜなら、中国の最大の輸出相手国が米国だからだ。中国経済が活気づけば、米国の物価が上がるというわけだ。
藤代氏はこう懸念する。
「中国のゼロコロナ戦略見直しが米インフレの沈静化を阻害する可能性に一定の警戒が必要と判断される。Fed(米連邦準備制度)は、財インフレが終息に向かっていることに安堵しているとみられるが、中国経済回復に伴うインフレ圧力がFedを悩ませる可能性はある」
「ゼロコロナ」やめれば、死者130万~210万人の試算も
一方、「中国が『ゼロコロナ』から『ウィズコロナ』に転じると、百数十万人規模の死亡者が出るのではないか」と心配するのが、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「世界が心配して見守る中国ゼロコロナ政策の行方」(12月6日付)のなかで、中国政府自身が厳格なゼロコロナ政策を続ける理由として、「中国の病院システムの脆弱さ」を常に挙げてきたことに注目した。
木内氏は、医学誌「クリティカル・ケア・メディシン」の研究や、英国の生命科学情報調査会社「エアフィニティ」の発表をもとに、こう指摘する。
「中国の集中治療室(ICU)の病床数は人口1000人当たり3.6床と、香港の7.1床、シンガポールの11.4床を大きく下回る。
中国本土よりも医療体制が良いはずの香港でも、感染による死亡率が世界最悪の水準にまで上昇した。この香港の例に基づいて試算すると、中国政府がゼロコロナ対策を解除すれば、130万~210万人の命が危険にさらされる可能性があるという」
木内氏はまた、こうも指摘する。
「病院システムの問題に加えて深刻なのは、中国でのワクチン接種率の低さである。これも、感染時の死亡率の高さの背景の1つであり、政府がゼロコロナ対策を解除することの大きな制約となっている。
中国ではワクチン接種率も追加接種率もともに低く、過去の感染による免疫獲得も広がっていない。政府によると、ワクチンの追加接種を受けた中国人は60%に満たず、さらに80歳以上の追加接種比率は40%にとどまる」
ワクチンを接種する国民が少ないのはなぜか。ワクチンの効果と安全性に対する懐疑的な見方が広がっていることも挙げられる。
「海外では、中国のワクチンの有効性に対する疑問も高まっている。中国政府は欧米のコロナワクチンを承認することを拒み、主に中国医薬集団(シノファーム)と科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)が生産する国産ワクチンに頼ってきた。両社のワクチンはいずれも世界保健機関(WHO)の承認を受けているものの、ウイルスの毒性をなくしたタイプの『不活化ワクチン』である中国製のコロナワクチンは、米モデルナや独ビオンテック、米ファイザーが開発した『メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン』と比べて有効性が劣る、と指摘されている」
米バイデン政権のコロナ対策チームトップが、外国製ワクチンを輸入しない限り、中国はコロナ拡大を制御できない、と警鐘を鳴らした。だが、習近平国家主席は欧米のワクチンを利用することを拒んでいる、と報道されている。
木内氏はこう警告する。
「2020年には他国に先駆けて感染拡大を抑え込み、また国内でのワクチン開発を早期に進めて、それを海外に広める『ワクチン外交』を大々的に広げてきた中国の面影はもはやない。
中国のゼロコロナ政策の影響は自国経済にも影響が及ぶことから、他国はそれを批判というよりも、もはや心配の目で見守っているのが現状だ。中国のゼロコロナ政策が、2023年の世界同時不況の大きなきっかけを作ってしまう恐れも出てきた」
「想定以上に中国経済が悪化している可能性」
ところで実際のところ、現在の中国経済はどの程度落ち込んでいるのだろうか。
「想定以上に悪化している可能性がある」と指摘するのは、野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジスト石黒英之氏だ。
石黒氏は、リポート「厳格なコロナ規制の緩和に舵を切りつつある中国」(12月6日付)のなかで、中国政府がゼロコロナ緩和に動き始めたことから、「中国・香港株を見直す動きが強まっており、(中略)中国を巡る投資家の過度な不安が和らぎつつあるようにみえます」と指摘する。
しかし、経済指標は悪い数字を示しているという。
「11月の中国製造業PMI(購買担当者景気指数)は、都市封鎖で大きく経済活動が落ち込んだ今年4月以来の水準に低下しました。生産や新規受注なども好不況の分かれ目である50を割り込んでおり、中国経済の一段の下振れリスクを防ぐべく、中国当局は政策修正によって経済を下支えする姿勢を鮮明にしたと考えられます【図表3】」
「中国の内需の強さを示す輸入(米ドルベース、前年同月比)は10月にコロナショック直後の2020年8月以来のマイナスとなり、11月はさらにマイナス幅が拡大することが見込まれるなど、想定以上に中国経済が悪化している可能性があります。中国当局の今回の一連の政策により、中国経済の下振れに歯止めがかかるのかが、世界経済の先行きをみる上で重要となりそうです」
(福田和郎)