IT大手が大量に人員削減しているに、雇用が悪化しない「不思議」
一方、新型コロナによって米国の労働市場は、すっかりかく乱されているから、今回の雇用統計は経済指標の意味を失っている。だから、FRBが従来通り、雇用統計を重視して金融引き締めを続けるのは危険だ、と指摘するのは、野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「米大手IT企業の人員削減と強めの雇用統計のギャップ:コロナ問題によるかく乱が続く米国労働市場」(12月5日付)の中で、雇用統計が矛盾だらけの結果になっている理由をこう挙げている。
(1)アマゾンやメタなど大手IT企業や、ウォルト・ディズニーなどが大幅な人員削減を発表しているのに、今回の雇用統計では雇用情勢を目立って悪化していない。
(2)なぜなら、大手IT企業で解雇された従業員が、次の職を比較的容易に見つけることができているからだ。新型コロナの恩恵を受けた大手IT企業は、大量の雇用者を一気に採用した。それが行き過ぎて今度は大量の人員を削減した。
(3)大手IT企業の解雇者は、高収入・高学歴の従業員に限られている。アマゾンでも、倉庫作業員ではなく、小売り・デバイス・人事部門などの高賃金の従業員が中心だ。
(4)大手IT企業に人材を大量採用されていた他業種の大手企業が、今度は大手IT企業が解雇した従業員の受け皿になっている。この状況は、足元で起きている大量解雇と新規雇用の増加という、雇用統計に表れる一見矛盾した状況が、コロナ禍で大きく歪んだ労働者の業種別、分野別の分配が、適正な姿へと戻っていく「正常化」の現象とも言える。
(5)現在、米国の企業、労働者ともにポストコロナの新たな産業構造を見極め切れていない。コロナは個人の消費行動を大きく変えて、産業構造の変化を引き起こしているが、最終的な落ち着きどころはまだ見えない。
(6)そのため、企業は過剰な採用をするし、逆にコロナで職を失った人は、勝ち組となる産業、企業を見極めようと再就職に慎重になる。それが深刻な人手不足と賃金上昇につながっている。
こうした状況を挙げたうえで、木内氏は次のように警告する。
「米国経済は、この雇用統計を除けば、総じて減速感が強まっている。そうした中、指標性が低下した雇用統計を従来通りに重視してFRBが金融引き締めを進めていくと、今回は景気を過度に悪化させてしまうオーバーキルのリスクが高まることになるだろう」