私たちは1日に何回も決済をしている。現金やカード、スマートフォンを使って支払い、オンラインの決済もある。公共料金は、自動振替や講座引き落としで支払っている。
本書「教養としての決済」(東洋経済新報社)は、決済の歴史と仕組みをわかりやすく解説した本だ。「世界の決済コストはロシアのGDPに匹敵する」など、面白いエピソードが満載である。
「教養としての決済」(ゴットフリート・レイブラント、ナターシャ・デ・テラン著 大久保彩訳)東洋経済新報社
著者のゴットフリート・レイブラント氏はマッキンゼー・アンド・カンパニーの元パートナーで、クロスボーダー決済ネットワーク、スウィフトのCEOを務めた。
もう一人のナターシャ・デ・テラン氏は元ジャーナリストで、ウォール・ストリート・ジャーナルなどに寄稿。スウィフトの元コーポレート・アフェアーズ責任者。英国支払システム規制庁の委員を務めている。
最初は厚紙だったクレジットカード
最初に決済は、リスク、流動性、テクノロジー、ネットワーク、慣習からなる、と説明している。銀行は最初の2つは得意だが、最後の1つに関しては不得手だ。テクノロジー企業は、銀行を反転したような存在で、テクノロジーとネットワークは大得意で、慣習を創り出すことにも長けているが、リスクと流動性については何の専門知識も持たない。
だが、いまこれらの企業が、決済に殺到している。
決済を預金から切り離し、その過程で決済の習慣を変えつつあるのだ。長らく、決済の主役は銀行と現金だった。ところが、過去50年の間に、その座はカード会社とクレジットカードに奪われ、そして今、ペイパルやアップルペイなどのモバイルウォレットが、その地位を狙っている。
クレジットカードの技術革新の歴史が、興味深い。最初、カードは厚紙でできていた。だから、カード利用のたびに、すべての情報を手で書き込まなければならなかった。
当時は、時間がかかるし、安全性が低く、信頼性に賭け、詐欺に弱かった。1973年だけでも、クレジットカードの損失は推定3億ドル近く、売り上げの1.15%にものぼった。
磁気ストライプの登場は1980年。ビザカードが最初に導入した。カード保有者の名前、カード番号、認証コード、有効期限など、決済の承認に必要な情報がすべて含まれていた。
また、カード情報を電子的に取りこむことが初めて可能になり、それがPOS決済端末の開発につながった。次に、マイクロチップが導入された。
銀行は口座から直接取引額が引き落とされるデビットカードを始めた。
取引1件あたり10セントと、クレジットカード取引の1~2ドルと安かったため、小規模な食料品店など、これまでクレジットカードを受け付けてこなかった店で普及した。
実は今も、国によって好みの決済方法は異なる
歴史に続いて、「決済の地理学」の章が始まる。
クレジットカードを発明したアメリカではいまだに小切手が好まれている。毎年およそ150億枚の小切手が切られているというから、アメリカ人1人あたり1週間に1枚の計算になるという。
小切手が決済されるまでには数日かかるので、その間は口座に資金を残しておけるメリットがあるが、明確な答えにはなっていない。ドイツ、オーストリア、スイスといったドイツ語圏の国々では、いまだに現金の使用率が高い。国によって、好みの決済方法はさまざまで国の慣習による、と説明している。
裏を返せば、遺産(レガシー)がなければ、物事は非常に速く進むとして、決済のモバイル化が進んだ中国とケニアを例に説明している。
次が「決済の経済学」だ。
決済業界はかなりの利益をあげている。決済収入のうち1兆ドル相当(全体の50~70%)を消費者が負担しているというのだ。カードの手数料は、そのほとんどを加盟店が負担しており、消費者が目にすることはない。しかし、価格の上昇という形か、あるいは、クレジットで支払う利息という形で支払う仕組みになっているという。
アジアの銀行は世界の決済収益のほぼ半分を得ているが、アメリカとは違い、クレジットカードの収益はそのうちの20%弱に過ぎない。当座預金の利ザヤが、55%という非常に大きな割合を占めており、クレジットカードの収益が全体のほぼ半分を占め、利ザヤは20%に過ぎないアメリカとは真逆だ。
どうして国際決済は可能なのか?仕組みは?
国際決済の仕組みについても、わかりやすく解説している。
対外支払いの大部分は、昔も今も「コルレスバンキング」というシステムを通じて処理されている。金貨をはじめとする硬貨を輸送する必要がないように設計されたものだ。
コルレスバンキングを航空路線の乗り継ぎにたとえている。グローバルなクロスボーダー決済の主要なハブは10余りのグローバルな取引銀行であり、それぞれがほかの数千の銀行とコルレス契約を結んでいる。
そして今、国際銀行間通信協会(スウィフト)は、北朝鮮意外のすべての国の1万以上の銀行をつないでいる。端末が与えられ、1日およそ3000万通のメッセージを送り、その半分は支払いに関するものだという。
最後はビットコイン、暗号通貨、中央銀行デジタル通貨など、技術革新に伴う新しい決済を概観している。
要所要所では、犯罪との闘いにもふれている。
金融犯罪は一大産業であり、2018年の収益は推定5.8兆ドル、世界のGDPの7%近くを占め、そのうち約4.4兆ドルが資金洗浄されていたという。このうち、半分近くが各種の詐欺だ。金融犯罪の収益の大部分は、追跡が難しい暗号通貨や現金だと思うだろうが、ほとんどの不正資金はどこかの段階で金融システムを介して流れるそうだ。
したがって、銀行は金融犯罪との闘いの最前線に立たされており、さまざまな事例を紹介している。フロリダのBCCIという銀行は、金融犯罪のオンパレードで、アメリカの安全保障当局は「ペテン師と犯罪者のための国際銀行」と呼んでいたという。
決済の新たなツールが誕生しても、決済自体が終わることはない。
「支払いという行為がより明確でなくなり、より抽象的になるにつれて、哲学的な分断と地政学的な争いがますます明白な、かつ激しいものになるだろう」と予想している。
本書は専門的かつ網羅的に決済について解説しているので、ビジネス関係者に一読を勧めたい。(渡辺淳悦)
「教養としての決済」
ゴットフリート・レイブラント、ナターシャ・デ・テラン著 大久保彩訳
東洋経済新報社
2200円(税込)