次世代半導体の国産化に向け、トヨタ自動車など、日本を代表する大手企業8社が新会社を設立した。
2027年に次世代半導体の生産開始をめざし、政府は新会社に700億円の補助金を出す。AI(人工頭脳)や量子コンピューターなどに使われる次世代半導体は、国際的に開発競争が激化。経済安全保障の観点でも、重要性が増している。
官民一体の新たな「日の丸連合」で挽回を図るものだが、資金、技術面などで成功へのハードルは高い。
「2ナノ」次世代半導体の開発、量産化で巻き返しへ
新会社の名称はラテン語で「速い」を意味する「Rapidus(ラピダス)」。トヨタとNTT、キオクシア(旧東芝メモリ)、ソニーグループ、ソフトバンク、デンソー、NECの7社が各10億円、三菱UFJ銀行が3億円の計73億円を出資する。社長には、米半導体大手ウエスタンデジタルの日本法人トップを務めた、小池淳義氏が就いた。
半導体は回路を微細にし、より小さくてより大きな処理能力を搭載する「微細化」技術がカギを握る。現在、半導体受託製造で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子が、回路幅3ナノメートル(ナノは10億分の1)までの量産技術を持っている。日本勢は、40ナノメートル程度の技術にとどまり、「10年あるいは20年遅れている」(小池ラピダス社長)。
ラピダスは、現時点でまだ量産化されていない2ナノメートル以下の次世代半導体の開発し、一気に巻き返すことを狙っている。こうした最先端、次世代の半導体はスーパーコンピューターや、高度なAI、次世代の高速通信6Gなど、大きな演算能力を必要とする先端機器に不可欠になる。
新会社&研究開発センターの両輪、官民一体で競争力強化...背景に「経済安全保障」
今回の動きの起点は2021年6月に経産省が策定した「半導体戦略」だ。
半導体産業テコ入れを「国家事業」と位置づけ、まず国内の生産基盤強化を打ち出した。その第1弾が、TSMCとソニーグループなどによる熊本工場建設で、最大4760億円の補助金を出すことを決めるなど、国内工場への投資の後押しに着手した。
経産省はラピダスへの700億円補助とともに、次世代半導体の研究開発組織として「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」を年内に設立し、産業技術総合研究所や東大、理化学研究所などが参画すると発表した。日米政府は、次世代半導体開発で2022年5月に「半導体協力基本原則」に合意しており、その日本側の拠点となるものだ。
「日本のアカデミアと産業界が一体となって、半導体関連産業の競争力強化につなげていきたい」(西村康稔経産相)というように、新しい会社と研究開発センターを両輪に、官民一体で、次世代半導体の国産化に向けて取り組む体制を整備するのが経産省のシナリオだ。
こうした動きの背景に「経済安全保障」というテーマがある。
先述の日米の「半導体協力基本原則」合意は、中国への先端技術の流失をストップするのが目的で、同志国・地域で半導体の供給網(サプライチェーン)の強化を目指すことで一致している。
7月に開かれた日米の外務・経済担当閣僚による「日米経済政策協議委員会」(経済版2プラス2)では、半導体に関する重要技術の育成と保護に向けた共同研究開発でも合意した。
過去おこなわれた経産省主導の「日の丸連合」、失敗に終わった苦い経験
ただ、ラピダスとLSTCが日本の半導体産業の復活につながる保証はない。
半導体業界では過去に、経産省主導の「日の丸連合」が失敗に終わった苦い経験がある。1999年に日立製作所とNECの半導体メモリー事業を統合し、その後「エルピーダメモリ」となったが、公的資金をつぎ込んだ末に2012年に経営破綻し、米半導体大手マイクロン・テクノロジーの傘下に入った。
三菱電機、日立、NECの半導体部門が統合した「ルネサスエレクトロニクス」は巨額の赤字経営が続き、13年に官民ファンドの産業革新機構とトヨタなど取引先8社から、計1500億円の出資を受けた。不採算事業からの撤退が奏功し、現在は自動車向けのマイコンを中心に業績は回復したが、「日の丸」を背負う力はない。
新「日の丸半導体」とも期待されるラピダスも、順調に育つか、懸念の声が早くも出ている。
資金、技術、ユーザー開拓が課題
第1に資金だ。
小池社長は記者会見で、次世代半導体の量産に必要な資金について、「試験的な生産ラインに2兆円、量産化のライン製造に3兆円規模」との見通しを示した。だが、現時点で資本金73億円に経産省の補助金700億円を加えても必要額には遠く及ばず、資金調達のハードルは高い。
第2に、技術開発では米国との連携がカギになる。
ラピダスは米IBMとの連携したい考えで、LSTCとの連携に活路を探るが、具体化は今後の課題だ。技術の裏付けとなる人材の確保も見通しは立っていない。
第3はユーザーの開拓だ。
半導体企業として、すでに世界市場を制覇するTSMCやサムスンに対抗し、ユーザー獲得に見通しをつけていく取り組みも、技術開発と並行して必要になる。
「今後は自動運転や工場デジタル化など多様な場面で先端チップが活躍するだろう。独自機能を盛り込んだ半導体を設計・開発する技術や、それを使ってどんな課題を解決するのかの知恵がなければ、生産技術だけ磨いても、産業全般を底上げする効果は薄い」(日本経済新聞11月12日社説)。
企業活動は、伸るか反るかの社運を賭けた挑戦が成否を左右する。TSMCやサムスンなど海外勢は、まさにそうしたチャレンジを生き抜き、今日の地位を築いてきた。
日本の半導体業界は、総合電機企業の一部門として、最終的に「金食い虫」のお荷物として切り捨てられ、衰退した。
日本を代表する企業が出資に名を連ね、経産省がバックアップする体制は、一見、盤石に見えるが、アニマルスピリッツなしに成果を上げられるか、現状ではなかなか見通せないのが実態だ。(ジャーナリスト 済田経夫)