いったい物価上昇はどこまで加速するのか? 今年10月の消費者物価指数が前年同月比でプラス3.6%と、40年8か月ぶりの伸びを記録した。
年末にはプラス4%に達するという予測もある。日本経済は大丈夫か? エコノミストの分析を読み解くと――。
過去の消費増税時の上昇幅上回る「記録的な高水準」
総務省が2022年11月18日に発表した10月分消費者物価指数(CPI)は、値動きが大きい生鮮食品をのぞいた総合指数(コア)は前年同月比プラス3.6%と、9月の同プラス3.0%を上回った。
これは、第2次石油危機の末期である1982年2月(プラス3.6%)以来、実に40年8か月ぶりの伸びで、過去の消費増税時の上昇幅を上回る記録的な高水準だった。14か月連続で上昇、7か月連続の2%超えだ。
10月は前年の携帯電話通話料の値下げの影響が剥落したことが、前年比を0.24%ポイント押し上げた。しかし、生鮮食品をのぞく食料が5.9%上がったほか、家庭用耐久財が11.8%も上昇し、75年3月以来、37年7か月ぶりの伸び。物価押し上げの要因は幅広くみられているのが特徴だ。
こうした事態をこの物価高は今後の日本経済にどんな影響を与えるのか。エコノミストはどう見ているのだろうか。
コロナ対策では、過度な抑制は禁物
ヤフーニュースのコメント欄では、時事通信社解説委員の窪園博俊記者は、新型コロナ対策の重要性を、
「当面の景気情勢において、最大の不安要因は冬に向けてコロナ感染が拡大し、改めて自粛的な行動が広がることでしょう。感染対策が強化されると、せっかく増え始めた外国人旅行者が日本への渡航を回避して、円安の数少ないメリットであるインバウンド需要を取り逃がす恐れがあります」
と指摘した。そのうえで、
「円安は多くの企業・家計に物価高の打撃を強める負の作用が働きますが、一方で外国人には日本の旅行が安くなり、日本国内で落とすお金が増える、と期待されます。外国人が日本に来てお金を使うことは、旅行収支を改善させます。目覚ましい効果とまで言えませんが、旅行収支改善は日本の貿易赤字に伴う円売りのフローを打ち消す方向に働きます。景気面を考慮すると、可能な限り、コロナ対策では過度な抑制は避けるのが望ましいと考えられます」
と強調した。
同欄では、日本総合研究所上席主任研究員の石川智久氏が、
「基本的には日本経済は回復局面にあるものの、やはり物価高が景気リスクとなります。もっとも、海外に比べると物価高がマイルドなのにも関わらず、足元の物価が厳しく感じられるのは、これまで賃金があまり上がらなかったからとも言えます。世の中全体としては賃上げの方向ですが、賃上げを実際に行うことがこの局面を乗り切るために重要です」
と、賃上げの重要性を指摘。さらに、
「過去の傾向をみると、教育費や住居費まで上昇すると、少子化の加速に繋がるという研究もあります。子育て世帯こそ賃上げをしていくことが求められます。なお、賃金上昇がインフレ加速に繋がることも避ける必要がありますが、そのためには、同時に、機械化や人材育成強化などで生産性を上げていく必要もあります」
と、物価高の今こそ生産性向上が求められると訴えた。
来年賃上げしても、再来年には元の木阿弥?
同じく「生産性の向上」の重要性を強調するのが、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。木内氏は、リポート「消費者物価4%が視野に:賃金と物価の好循環は起こらない(10月消費者物価)」(11月18日付)の中で、潜在成長率と名目賃金上昇率(所定内賃金)の推移のグラフを示した【図表1参照】。
木内氏によると、消費者物価指数(コア)の上昇率は、年末に向けてさらに高まり、12月の上昇率はプラス4.0%にまで達するとみる。ただし、2023年に入ると、景気減速、商品市況の下落、円安の一巡の影響から、上昇率が低下傾向をたどり、来年8月には1%台と推測する。それでも、暦年では2022年がプラス3.2%、2022年がプラス2.1%というのが、現時点での予測値だそうだ。
問題は、この物価上昇率に賃金が追いつけるかどうかだ。そこで、【図表1】が登場する。
グラフで一目瞭然だが、過去を振り返ってみても、「名目賃金上昇率が潜在成長率の水準を長きにわたって大きく上回ったことはない。潜在成長率が名目賃金上昇率の上限となってきた」と木内氏。つまり、潜在成長率の3大要素の1つである「生産性」を上げなければ、賃上げは難しいわけだ。
「労働組合の中央組織である連合は、来年の春闘での賃上げ目標を5%程度に引き上げた。過去7年間は目標を4%程度としてきたが、これを1%ポイント引き上げた。また、ベースアップの目標についても、従来の2%程度を、来年は同じく1%ポイント引き上げ3%程度とした。目標引き上げの追い風となっているのは、今年の消費者物価上昇率の上振れだ」
「これを踏まえると、来年の春闘で、ベアは今年の0%台半ばからプラス1%程度へ、定期昇給分を含む賃金上昇率は今年のプラス2.1%からプラス3%弱へ高まることが見込まれる。ただし、それでも2%の物価目標の達成を目指す日本銀行が期待する賃金上昇率には遠い」
「黒田東彦総裁は、2%の物価目標と整合的な賃金上昇率は、ベアでプラス3%程度であることを記者会見で示唆している。プラス1%の労働生産性上昇率を前提とすれば、それに等しくなる実質賃金上昇率はプラス1%であり、2%の物価上昇率と3%の名目賃金上昇率でそれが実現することになる」
ところが、日本銀行が推計した1人当たりの労働生産性成長率は現在、0%程度なのだ。経済学で言うと、労働分配率が変わらない限り、ほぼ実質賃金上昇率=労働生産性上昇率だから、労働生産性上昇率が高まるといった前向きの構造変化が起こらない限り、高い実質賃金上昇率が持続することはない、と考えられるという。
木内氏はこう説明する。
「しかも、来年の賃上げ率が上振れるのは1年限りとなりやすい。上記の筆者(=木内氏)予測のように、2022年度平均がプラス3.2%の後、23年度平均がプラス2.1%へと低下するのであれば、その影響を受ける24年の賃上げ率は再び下振れることになるだろう」
元の木阿弥というわけだ。(福田和郎)