「すべての企業は金融サービス企業になる」という衝撃的なサブタイトルを掲げるのが、本書「エンベデッド・ファイナンスの衝撃」(東洋経済新報社)である。しかも、単なる異業種による金融業への参入ではないという。いったい、どういうことだろうか。
「エンベデッド・ファイナンスの衝撃」(城田真琴著)東洋経済新報社
著者の城田真琴さんは、野村総合研究所IT基盤技術戦略室長。先端ITが企業・社会に与えるインパクトを調査・研究している。総務省「スマート・クラウド研究会」技術WG委員などを歴任。著書に「FinTechの衝撃」「クラウドの衝撃」などがある。
「非金融企業」が、既存サービスに金融サービスを「組み込んで」提供
「エンベデッド・ファイナンス」とは、日本語では「組み込み金融」「埋め込み金融」、あるいは「モジュラー金融」と呼ばれる、新たな金融サービスのことである。
金融以外の事業を展開する「非金融企業」が、既存サービスに金融サービスを「組み込んで」提供することを意味する。
エンベデッド・ファイナンスは、金融業のライセンスを持つ伝統的な金融機関や、金融機能をAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を通じ、サービスとして提供するフィンテック企業の存在なしには成立しない。
しかし、多くの顧客接点を持つ「非金融企業」が主体となり、自社の既存サービスに金融サービスを組み込んで顧客に提供する、というのがエンベデッド・ファイナンスの特徴である。
こうしたコンセプト自体は決して新しいものではない。
自動車販売会社が提供するオートローンはエンベデッド・ファイナンスの「はしり」だという。1920年代にはじまり、GMはオートローンの提供によって、当時世界最大の自動車会社だったフォード・モーターを抜き、シェア1位になるなど、その効果は絶大だった。
当時と現在の違いは何か。城田さんは3点あると説明する。
1 自動車販売会社だけでなく、アパレルや旅行、家電販売など、さまざまな業界で適用されつつあること
2 オフライン(店頭)だけでなく、EC(電子商取引)などオンラインで、すばやく申し込めるようになった
3 提供する金融サービスの種類がローン(融資)だけでなく、決済や投資、保険などに広がっている
エンベデッド・ファイナンスのプレイヤーは三者いる
エンベデッド・ファイナンスのプレイヤーは三者いる。
1つ目は、消費者と接点を持ち、消費者に金融商品や金融サービスを直接届ける非金融企業である。非金融企業は、自ら融資や預金などのサービスを組成できるわけではないため、「BaaS(Banking as a Service)」などを利用して、伝統的な金融機関やフィンテック企業が提供する金融サービスを自社のサービスに組み込んで提供する。
エンベデッド・ファイナンスに参入している海外の非金融企業としては、アップルやアマゾン、グーグルなどの巨大IT企業、テスラやフォードなどの自動車メーカー、ウォルマートなどの小売企業が代表的だ。
国内では、ヤフー(現Zホールディングス)、LINE、メルカリ、KDDIなどの動きが目立つという。
2つ目は、非金融企業に対して、BaaSなどによって、金融機能を提供するイネーブラー企業(新たな社会システムを構築するうえで不可欠な企業)である。さまざまなフィンテック企業が内外で提供を開始している。
3つ目は、金融サービス関連の免許を持つ銀行や証券、保険会社などのライセンスホルダーである。
免許を保有する金融機関がサービスとして非金融企業に免許を貸し出す。免許だけでなく、融資の際の審査や与信など必要な機能も合わせて提供する。国内では、住信SBIネット銀行、新生銀行、GMOあおぞらネット銀行などが参入している。
非金融企業による金融サービスの提供というと、セブン銀行やイオン銀行などをイメージするかもしれないが、これらの銀行は自ら銀行免許を取得して参入しているから、ここでの議論の枠組みからは外れる、としている。
決済、貸付、保険、投資、銀行...5つの領域
決済、貸付、保険、投資、銀行という5つのエンベデッド・ファミリーの領域について、海外の事例を中心に解説している。アップルカードで参入したアップルの例が興味深い。
アップルカードはチタン製の物理カードも発行しているが、基本的にアップルペイと紐付けて利用することを前提としたバーチャルカードの位置づけだ。物理カードの表面に刻印されているのはアップルのロゴと利用者名のみで、それ以外の情報はすべて内部のICチップに保存されている。ゴールドマン・サックスとの提携のよってクレジット事業に伴うリスクをフルに負うことなく参入することができたという。
日本での展開が期待されるが、米国と日本ではクレジットカードのビジネスモデルが違うなどのハードルがあり、日本のユーザーの元に届くには、しばらく時間がかかりそうだ、と見ている。
日本で先行するZホールディングス
日本で積極的にエンベデッド・ファイナンスに取り組んでいるのが、ヤフーとLINEの経営統合によって誕生した新たなZホールディングスである。
金融事業を第3の収益の柱にしようとしている。「シナリオ金融」という構想を掲げている。消費者の生活シーンで起こるさまざまな行動をトリガーとして、金融商品を提案しようというもので、エンベデッド・ファイナンスという言葉は使っていないが、意図していることはほぼ同じだとみられる。
すでに、三井住友海上火災保険を引受保険会社として、「ヤフオク!」で落札した家電製品またはスマートフォンを対象に、300円からの保険料で修理サービスを受けられる保険を提供している。また、「PayPayモール」「ヤフー!ショッピング」で購入した家電製品に対しても、「あんしん修理保険」の提供を開始している。一方、メルカリも、後払いサービス機能や少額融資サービスを導入している。
Zホールディングス、メルカリ共に自社グループ内でライセンスホルダーを有しているため、外部の銀行と提携することなく、エンベデッド・ファイナンスを立ち上げることに成功した、と評価している。
一方、国内でBaaSの提供に積極的なのが、インターネット専業銀行である。なかでも住信SBI銀行はJAL、カルチュア・コンビニエンス・クラブ、ヤマダホールディングスなどと協業し、エンベデッド・ファイナンスを実現している。
城田さんは、日本版スーパーアプリの実現には、Zホールディングスが有利な位置にいることは間違いないが、NTTドコモなど通信キャリアもすでに着手している、と指摘している。
たとえば、d払いアプリでタクシーを呼び、運賃はd払いで支払えるようにしている。現在のところ、決済以外の金融サービスを提供していないが、三菱UFJ銀行との協業によって今後、新たな展開があると見ている。
楽天はグループ内に金融企業を抱え、ポイントを軸に相互送客を実現してきた。スーパーアプリ化へ進もうとしているが、できることはまだ限定的だという。
日本で乱立するポイント経済圏が集約され、それがそのままスーパーアプリへと戦いを移す可能性が高い、と城田さんは予想している。(渡辺淳悦)
「エンベデッド・ファイナンスの衝撃」
城田真琴著
東洋経済新報社
1980円(税込)