政府は2022年9月28日、電気代などの高騰対策を柱とした総合経済対策を決定した。岸田文雄首相は記者会見で「国民の暮らし、雇用、事業を守る」とアピールしてみせたが、対策決定の過程で浮き彫りになったのは、与党の要求を丸のみする岸田首相の頼りない姿だった。
自民党内で議論中、大詰めを迎えていた「政調全体会議」で起こったこと
「これで、いいんですか?」
経済対策の策定が大詰めを迎えていた9月26日午後、岸田首相が電話をかけた相手は自民党の萩生田光一政調会長だった。
この直前、岸田首相は鈴木俊一財務相から経済対策の規模について「(国の直接支出で)25兆円程度。与党側も了承済みだ」と報告を受けていた。
しかし、萩生田氏や世耕弘成・自民党参院幹事長は「最低でも30兆円超」と、大型対策を求めてきた経緯がある。鈴木氏の説明に疑問を持った岸田首相は、与党が本当に了解したのか直接、確かめたのだ。
岸田首相が萩生田氏に電話をしたちょうどその時、自民党内では経済対策を議論する政調全体会議が大詰めを迎えていた。
党内議論が続いているにもかかわらず、対策規模を一方的に固めようとする財務省の姿勢に萩生田氏は激怒し、首相からの電話の内容を全体会議でぶちまけた。
「財務省が禁じ手を使うなら、(首相の電話内容を公表するという)禁じ手で返す」(萩生田氏)。全体会合は規模拡大の大合唱となり、流れは一変した。
党内の雰囲気を聞いた岸田首相は慌てた。同日夜、首相公邸に鈴木財務相を呼び、対策規模の積み増しを指示したことからも、その狼狽ぶりが分かる。
翌日、財務省が示した対策規模は29兆円台に膨れ上がっていた。わずか1日で4兆円も上積みされたのだ。
最大派閥「安倍派」の意向を無視できない岸田首相
背景には、岸田首相が直面する政権基盤の弱体化がある。
岸田首相は、安倍晋三元首相の国葬後も、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題に振り回され続けている。
旧統一協会との接点判明後も、「記憶にない」など、責任逃れともとれる発言を繰り返してきた山際大志郎前経済再生担当相をなかなか切れず、ようやく更迭に踏み切った時は、すでにタイミングを逸していた。支持率低迷に歯止めがかからない状況だ。
この危機を乗り切るには、足元の自民党、特に最大派閥である安倍派の支援を取り付ける必要がある。萩生田氏や世耕氏ら「積極財政派」がそろう安倍派の意向を岸田首相が無視できないのはこのためだ。
しかし、今回の対策規模拡大の決断が支持率回復につながる保証はない。それどころか、岸田政権をさらなる苦境に追い込む恐れすら指摘される。
新型コロナウイルス発生前まで、政府が策定する経済対策の規模はせいぜい数兆円レベルだった。しかし、コロナ禍に伴う現金給付や企業支援といった大盤振る舞いが当たり前になり、2020年以降の経済対策は数十兆円台に肥大化。21年11月に岸田政権が最初にまとめた当時の対策は、約32兆円規模にまで膨れ上がった。
積み増した4兆円は「かつてなら経済対策全体の規模に匹敵する額」
コロナ禍が徐々に落ち着いているにもかかわらず、今回の対策規模はそれに次ぐ大型になった。ウクライナ侵攻などによる資源などの価格上昇と円安の相乗効果により物価が高騰しているため、その対策が待ったなしではある。とはいえ、必要な事業を精査して積み上げた形跡は見えない。
ある経済官庁幹部は嘆く。
「コロナをきっかけに、財政のたがが完全に外れてしまった。首相が積み増しを指示した4兆円は、かつてなら経済対策全体の規模に匹敵するとんでもない額だ。それ一つ見ても、首相のアタマから『財政』が抜け落ちていることが分かる」
与党関係者からも、「経済対策を大盤振る舞いしても、それが支持率回復につながった例はない」と岸田首相を突き放す声が聞こえる。
政権が沈みつつあるなか、与党の要求を丸のみした首相は、まさに藁をもつかむ、哀れな姿を晒しているようにみえる。(ジャーナリスト 白井俊郎)