米国の中間選挙がいよいよ2022年11月8日に投開票される。トランプ前大統領の巻き返しを背景に、選挙戦終盤にかけて、野党・共和党に追い風が吹いている模様だ。
急激なインフレの進行と同時に景気後退が迫るなか、バイデン大統領の政権を支える民主党が敗北したら経済の舵取りはどうなるのか。世界経済はどこにいくのか。
エコノミストが読み解く――。
「民主党支持者は大統領候補者と恋に落ちる」
米国中間選挙をざっとおさらいすると――。
中間選挙とは、4年ごとの大統領選挙の中間の年の11月に実施される、上下両院議員や州知事などを対象とした選挙のことだ。今回は、上院35議席、下院全435議席、全50州のうち36の州知事が改選対象となる。
現職の大統領に対する「信任投票」の側面が、中間選挙にはある。今回、急激なインフレに対するバイデン政権の対応や気候変動、人工妊娠中絶、銃規制などの問題が争点になっている。
最も注目されるのが、連邦議会の選挙だ。現在、上院は民主党、共和党ともに50議席で同数だ。だが、議長を務めるハリス副大統領に投票権があるため、民主党が事実上の多数派。下院でも民主党が220議席、共和党が212議席と、民主党が多数派だが、世論調査では、上下両院とも野党・共和党が優勢との予想が見られるのだ。
中間選挙でバイデン大統領の与党・民主党が敗北したら、経済にどんな影響を与えるだろうか。
中間選挙の背景を「有権者と候補者の恋」というユニークな視点から分析したのは、双日総合研究所チーフエコノミストの吉崎達彦氏だ。
吉崎氏のリポート「溜池通信:2022年米中間選挙の直前情勢」(10月14日付)によると、中間選挙は「新大統領が最初に迎える試練」という側面があるが、米国ではしばし、「民主党支持者は大統領候補者と恋に落ちる」と評されているそうだ。
吉崎氏は、「これは至言であろう。ジョン・J・ケネディ(第35代)もジミー・カーター(39代)もビル・クリントン(42代)もバラク・オバマ(44代)も、まさしくそんな感じであった」と指摘する。
しかし、激しい恋はすぐ冷める。2年もたつと、アラが見えてくる。「愛された大統領ほど中間選挙では議席を減らす」とされ、実際、クリントン、オバマ氏らは大敗した。その点、現在のジョー・バイデン大統領(46代)は、ユニークな存在だという。
「民主党支持者はバイデン氏をさほど愛していない。彼が民主党の大統領候補者になれたのは、『彼以外ではトランプに勝てない』という打算が働いたから」
そういうわけだ。
民主党が上下両院で勝つと、逆にバイデン氏が不安定に
一方、共和党側は「共和党員は親が決めた相手でも納得して投票する」という言葉が妥当だそうだ。民主党の大統領に比べると、冷めた恋の落胆がない分、最初の中間選挙で受ける厳しい審判が少ない。
ところが今回、こうした構図が入れ替わったしまったという。吉崎氏は、中間選挙の予測の難しさをこう指摘する。
「民主党支持者がバイデン政権に対して冷淡である反面、『共和党支持者はトランプ氏と恋に落ちている』(トランプ支持者は、そもそも従来の共和党員とは別物と考えるべきかもしれない)。つまり共和党と民主党の熱狂度は、以前とパターンが逆転している」
いずれにしろ、今回は「急激なインフレ」と「トランプ・ファクター」がカギを握りそうだ。吉崎氏は次の3つのシナリオを描いた。
(1)メインシナリオ(民主党が上院、共和党が下院を制す)=確率60%
バイデン大統領が民主党内で求心力を維持する。共和党内では「トランプ氏責任論」が噴出。2024年大統領選に向けて他の候補者の活動が活発化。
(2)リスクシナリオ1(共和党が上下両院で勝利)=同30%
インフレ悪化、ウクライナ戦況悪化などにより民主党が大敗。トランプ氏は2024年に向けて出馬を宣言。バイデン大統領はレイムダック(死に体)化し、内政面で身動きが取れなくなる。民主党内では、新大統領候補者選びが始まる。
(3)リスクシナリオ2(民主党が上下両院で勝利)=同10%
「反トランプ」の民意が思ったより強く、共和党は大敗するが、敗北を認めない候補者が多く、政治的混乱が続く。民主党内では左派の勢力が強まり、新たな財政支出を求めるなど、バイデン政権を突き上げるようになる。
民主党が上下両院で勝利すると、バイデン政権が盤石になるどころか、かえって足元が揺らぐという点がポイントだ。
「ねじれ議会」になると、政権とFRBに温度差広がる
今回の中間選挙は、急激なインフレに襲われ、FRB(米連邦準備制度理事会)が急速に利上げを進めているという、かつてない状況下で行われる。バイデン政権と議会に「ねじれ」が生じれば、さらなる経済の混乱は避けられない、と指摘するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏のリポート「米国中間選挙でインフレが民主党の強い逆風に:選挙後も米国のドル高容認姿勢はしばらく継続」(10月31日付)によると、米国民は物価高騰に不満を募らせている。
バイデン大統領の就任以来、実質賃金が4%程度減少しているが、これはリーマン・ショック時(2008年)を上回る大幅な落ち込みなのだ。
「バイデン政権が発足直後に打ち出した経済対策が遡って批判されている面もある。バイデン政権は2021年3月に総額1.9兆ドルの大型経済対策法を成立させた。また同年11月には5年間で1兆ドルを投じるインフラ投資法も成立させた。これらについて、過大な財政拡張策が物価高を助長した、との批判が出ている」
このため、民主党は「インフレ」から有権者の目をそらすため、「民主主義擁護」「中絶」などを争点にする戦略を取ってきたが、バイデン大統領の支持率は低迷している。しかも、中間選挙後には、米国の景気減速が待っている。すると、政府とFRBの物価高対策をめぐる温度差が広がるのではないか、と木内氏は懸念する。
「政権はより景気に配慮した金融政策運営を望むようになるだろう。また、輸出企業の競争力への悪影響を高めるドル高を食い止める観点からも、金融引き締めの修正に期待するようになるのではないか。他方でFRBは、景気を犠牲にしてでも物価高が定着しないように、金融引き締めを継続する姿勢をしばらく維持するだろう。
中間選挙の結果ねじれが生じれば、バイデン政権の経済運営はより行き詰まることになる。その場合、金融市場ではFRBの金融政策に経済のかじ取りを期待する傾向が強まるのではないか」
政権、FRBともに安心して経済政策運営を任すことができない、頼れるところがない、との不安が金融市場を動揺させる事態も考えられる。木内氏はこう結ぶ。
「金融市場の関心は既に、中間選挙後のFRBの金融政策運営と経済、金融情勢に向けられている。選挙後には、政府に代わってFRBの金融政策が金融市場で評価に晒されるのである」
政府機関の閉鎖や、デフォルトに陥る恐れが...
中間選挙の結果、「ねじれ議会」が生じたらどうなるのか。三井住友DSアセットマネジメントのチーフマーケットストラテジスト市川雅浩氏は、「2022年11月米中間選挙の注目点を整理する」(10月27日付)と、「米国がねじれ議会となった場合の心構え」(10月28日付)という2つのリポートを立て続けに発表した。
そのなかで市川氏は、「実は米国では『ねじれ議会』はよくある現象」だとして、過去のケースを紹介している=図表1参照。
これを見ると、レーガン、ブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(息子)、オバマ、トランプと、直近の7人の大統領の21議会中、実に15の議会で「ねじれ」が生じていることがわかる。今のところ、「ねじれ」を経験していない大統領は、バイデン氏だけだ。
では、「ねじれ議会」になると、どんな問題が起こるのか。
「債務上限問題が浮上するリスクが高まります。債務上限とは、米連邦政府が国債発行などで借金できる債務残高の枠のことです。債務が法定上限に達すると、政府は議会の承認を得て、上限を引き上げる必要がありますが、引き上げられないと、国債の新規発行ができなくなり、政府機関の閉鎖や、債務不履行(デフォルト)に陥る恐れがあります」
実際に政府機関が「閉鎖」に追い込まれたケースは10回あり、今回の中間選挙後も「政府機関の閉鎖リスクには注意が必要」と市川氏は指摘する=再び図表1参照。
こうしたことも踏まえて、市川氏は中間選挙後のバイデン政権の政策について2つのシナリオを予想した=図表2参照。
(1)上院で民主党勝利、下院で共和党勝利
上院の人事承認権を用いた閣僚の指名や大統領令により、民主党色の強い規制強化(環境、ハイテク、金融など)の動きが予想される。
(2)上下両院で共和党勝利
内政でできることが限られるため、通商・外交の積極化が予想されるが、バイデン大統領と共和党の折り合いがつく案件(たとえば、国防費増額など)では話が進む。また、(1)(2)いずれでも、対中外交政策のタカ派的な基本方針は変わらない。
中間選挙後の株価は上昇するのが「お約束」だが...
ところで、米中間選挙後の株価の動きはどうなるのだろうか。
「パフォーマンスは好調だ」と指摘するのは、野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジスト石黒英之氏だ。石黒氏のリポート「米中間選挙と米国株の経験則とは?」(10月20日付)によると、中間選挙後の株価上昇は「定番」だという。
「戦後、これまで19回の米中間選挙が行なわれてきました。米中間選挙年の10月末から翌年(大統領選前年)末までのS&P500種株価指数をみると、19回すべてが上昇という結果となっており、同期間の平均上昇率は20%と、パフォーマンスは好調でした=図表3参照」
その理由について、石黒氏はこう推測する。
「米中間選挙の結果を踏まえ、その2年後の米大統領選に向けて、有権者を意識した政策が打ち出されるとの期待が、こうした株価上昇をサポートしているのかもしれません」
ただし、今回も過去の経験則にそって期待できるかどうかは、微妙な情勢だ。
「FRB(米連邦準備制度理事会)をはじめ、各中央銀行がインフレ抑制に向け積極的な利上げを行なっており、こうした動きが世界的な景気後退や信用不安につながり、株価が下落するとの懸念が強いのが現状です。
もっとも米国では、(1)商品価格の上昇一服、(2)供給網の改善、(3)過剰在庫による値下げ圧力、(4)住宅市場の軟化、(5)賃金の伸び鈍化、などインフレ鈍化の兆しがみられることは支援材料です」
このような好材料を並べたうえで、
「投資家心理や待機資金とみられる米MMF(マネー・マーケット・ファンド)残高をみると、市場は過度な悲観状態にあるといえ、米利上げの「嵐」に一巡感が広がれば、今回も中間選挙後の株価上昇に期待が持てるのではないでしょうか」
と結んだ。
(福田和郎)