歴史の歯車が大きく逆回転し、中国は毛沢東時代の「個人崇拝」の時代に戻ろうとしているのか。中国共産党は2022年10月24日、党大会で習近平(シー・ジン・ピン)総書記(69)の3期目就任を決めた。
最高指導部の7人は習氏とその側近だけで固められ、習氏の地位と思想への「忠誠」が大会決議に盛り込まれた。習氏に権力が集中、誰も異論をはさめない体制が確立した。
こんな巨大独裁国家の誕生によって、世界経済はどうなるのか。エコノミストの緊急分析を読み解くと――。
中国に「巨大独裁国家」誕生、ニューヨークの中国株が暴落
米国の複数の経済メディアによると、習近平総書記が異例の3期目入りを果たした10月24日、米株式市場では中国企業の株価が全体で25%も急落した。下落を牽引したのは、インターネット関連大手のアリババグループとJDドットコム、バイドゥ、そして、テクノロジー大手のピンドォドォなど。それぞれ12%~25%下落した。
この下落が200社以上ある米国上場の中国企業株全体に及び、特に中国株65銘柄で構成されるナスダック・ゴールデン・ドラゴン・チャイナ指数は前週比で14.4%下落。時価総額は約930億ドル(約13兆8600億円)が消失した。
金融市場に、中国で経済と市場に対する統制を強める政策が何年も続くことへの懸念が広がったのだ。特に不信を買ったのが、共産党大会開催中の10月18日に国家統計局が発表するはずだった2022年7~9月期の国内総生産(GDP)をはじめ、多くの経済統計の発表が何の説明もなく延期されたことだ。
ブルームバーグ通信(10月24日付)は、ヘッジファンドのライトハウス・インベストメント・パートナーズでアジア債・通貨を取引しているブライアン・クアルタロロ氏のこんなコメントを紹介した。
「データの出し方に対する政治的な演出と指示を市場が懸念しているのは明白だ」
習氏に「忖度」するあまり、重要な経済指標を発表しないような独裁政治体制では、統計内容さえ信用できず、リスクが大きすぎると、市場が嫌気したのだった。
共産党大会終了直後に発表されたGDPは前年同期比プラス3.9%だが、これは年間の経済成長率は政府目標の5.5%前後には遠く及ばないことが確実な数字だった。習氏の3期目の花道に水を差すと、中国政府当局者が恐れたのか。あるいは、習氏が発表を止めさせたのか。
上海ロックダウンで経済に打撃を与えた人物が、経済政策の舵取り役?
こうした事態をエコノミストはどう見ているのか。
「習近平氏の習近平氏による習近平氏のための」政治体制を確立するための共産党大会だった、と指摘するのは第一生命経済研究所主席エコノミストの西濵徹氏だ。
西濵氏のリポート「中国・習近平政権3期目は『側近だらけ』、党大会閉幕で経済指標も一気に公表」(10月24日付)では、経済政策をリードしてきた「改革派官僚」が一斉に姿を消し、統制色が強まることが「世界経済のリスク要因になる」可能性は高いと懸念する。
特に、経済政策面では、以下の人事が今後大きな問題になるという。
(1)最高幹部である党中央政治局常務委員の中に、習氏に諫言できる人物が1人もいない。習氏を含む7人中5人が「子飼い」で、また後継者と目される実務に長けた若手もおらず、習氏の「長期独裁」が続く可能性がある=図表1参照。
(2)経済政策で「ゼロコロナ」に固執する習氏と一定の距離を保ってきた李克強首相らが退任。代わりに李強氏(上海市党委書記)や何立峰氏(国家発展改革委員会主任)らが習政権3期目の経済政策を担う。
李強氏は上海市長として習近平氏の「ゼロコロナ」を忠実に守って上海市のロックダウンを強引に進め、中国経済が頭打ちになる要因を作り、政策運営に疑問符がつく。何氏は習近平氏の福建省時代からの腹心の部下といわれるが、手腕が未知数だ。
(3)改革派官僚とされる易鋼氏(中国人民銀行総裁)や郭樹清氏(中国銀行保険管理委員会主席)が今後の経済政策運営から離れる。
ところで、共産党大会直前に突然、「人民経済」という概念がSNSなどを通じて拡散、今後の中国経済のあり方をめぐって論争を呼んでいた。そのこともあり、西濵氏はこう結んでいる。
「市場経済の後退を示唆する『人民経済』という言葉に注目が集まる動きもみられるなど、高い経済成長の実現を後押しした改革開放路線は、掛け声とは裏腹に逆行の度合いを強めることも考えられる。2000年代以降の世界経済は中国経済の高い成長におんぶに抱っことなることで、その成長を享受することが出来たものの、今後はそうした構図が完全にリスク要因となる可能性に注意が必要と言える」
忖度・忠誠合戦...習氏の意図を超えて、暴走するリスクに
「習近平氏は社会主義的な志向が強く、暴走するリスクをはらむ」と懸念するのが大和総研主席研究員の齋藤尚登氏だ。
齋藤氏は、リポート「習近平氏一強の中国はどこへ向かうのか」(10月24日付)の中で、「習一強の独裁政権」誕生のショックをこう表現した。
「筆者(=齋藤氏)は、さまざまな背景・立場の政治家が政策を練り上げていくことが可能な、ある程度のバランスが取れた新指導部体制となることが望ましい、と考えていたが、その期待はすべて打ち砕かれた」
そして、こう続ける。
「『一強体制』では、習近平氏が一度始めた政策がたとえ誤りであったとしても途中での軌道修正が難しくなる。さらに、忖度・忠誠合戦は政策の立案・遂行が習近平氏の意図を超えて、あるいは意図に反して暴走するリスクをはらむ」
「習近平氏は社会主義的な志向が強く、今後はこうした政策が強化される可能性が高い。経済・産業・企業に対する共産党・政府によるコントロール強化がキーワードになろう。昨年来のアリババ、テンセントなどへの規制強化や、民営デベロッパーをターゲットにした中国版総量規制の導入など、こうした動きは既に顕在化している。これでは経済や市場、企業の活力は失われ、閉塞感が強まりかねない」
さらに、経済面でも西側諸国との軋轢が深まる可能性が高い、と指摘する。
「習近平総書記による党大会『報告』の経済に関わる部分では、質の高い発展やイノベーション重視などが重点に掲げられた。たとえば、中国が製造強国・品質強国・宇宙開発強国・交通強国・インターネット強国・『デジタル中国』の建設を加速すれば、米国との対立・軋轢はより深刻化する。当然、この問題は日本も避けて通れない」
半導体をめぐる米国VS中国の経済対立のゆくえ
米国と中国の経済対立でいえば、10月7日、米政府が中国に対する半導体分野の追加規制措置を発表し、金融市場に衝撃を与えた。
米国は従来から、中国の先端半導体を使ったハイテク企業や半導体製造企業へ、ピンポイントで輸出規制を行ってきたが、対象を広げて先端の半導体を使った製品や製造設備の輸出そのものを幅広く規制対象とした。
こうした動きに中国はどう対抗しようとしているのか。
日興アセットマネジメントホンコンリミテッド副社長の山内裕也氏のリポート「米国の新たな対中規制」(10月21日付)によると、「米国の措置は市場に衝撃を与えたが、中国国内の投資家は半導体産業全般になお弱気ではない」という。いったい、どういうわけか。
山内氏は、こう説明する。
「外資系企業が中国で先端設備に投資することも難しくなる。TSMCやサムスンが中国で有する半導体工場も対象となるため、(中略)今後は中国での投資内容を再考せざるを得ないだろう。中国の半導体企業に米国籍技術者は少なからずおり、技術の向上に貢献していると見られるが、これも今回米国政府は禁止した。人も物も引き上げる、徹底した措置である」
しかし、中国はこれを成長のチャンスととらえるかもしれないというのだ。
「中国については、国が先頭に立って半導体産業育成に資源を投入してくることはよく知られている。(中略)この『国産技術の強化』というテーマの影響力は、強くなっていく可能性が大きい。今回発表された共産党の党大会報告において、『セキュリティ』はかなり重要なキーワードだった。ここには、外国の政策により中国の科学技術の発展が妨げられない、という『セキュリティ』の確保も含まれる」
「先端技術の獲得のため、中国政府はこれまで以上に力を入れてくる可能性は高い。また、中国企業の成長を阻む原因の一つは強力な欧米企業の存在だが、それが中国に入ってないなら、競争環境は改善するとの考え方もある。中国の半導体市場規模は世界有数であることからも、中国企業が成長するチャンスは必ずあるはずだ、との見方は根強い」
実際、米国による半導体規制の発表後、いったん大きく下げた半導体セクターの株価も、先週の後半(10月中旬)にはかなり戻した。山内氏は、中国側のしたたかさをこう指摘する。
「厳しい環境の中でも、中国の半導体産業が、なお投資家の支持を得ている背景には、このような見方が支えになっているのではないか」
誰も中国発「デフォルト」リスクを止められない...
ところで、仮に「半導体問題」は乗り越えられても、中国経済の大きなリスクになっているのが不動産バブル崩壊だ。中国の深刻な不動産不況が世界経済の大きなリスクになりかねないと警告するのが、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏のリポート「深刻な不動産不況が続き逆風が強まる中国経済」(10月20日付)によると、10月第1週の中国主要都市70都市における新築住宅販売は前年比マイナス44%の大幅減、不動産分野の社債のデフォルト(債務不履行)が世界金融市場の大きなリスクになっている。
「JPモルガンによると、新興国の高利回り社債の年初来のデフォルト率は、10.3%に達している。ロシアでのデフォルト増加を主因に欧州新興国のデフォルト率は21.7%に上昇する一方、中国の不動産企業の経営悪化でアジア全体のデフォルト率も12.8%に達した。
さらに、デベロッパーが大半を占める中国のドル建てジャンク債の価格は、足元で最安値を更新している。ブルームバーグ社の指数によると、中国のドル建てジャンク債は額面1ドルに対して、17日には55.7セントの水準にある」
この住宅不況をさらに深刻化させたのが、習氏が打ち出した社会主義的な平等を追求する「共同富裕」の理念に基づく政策だった。
「(経営破綻した)デベロッパーを政府が直接救済すれば事態は改善するだろうが、それでは従来の政策方針を修正し、それが誤りだったと認めることになってしまう。デベロッパーへの統制強化は、不動産価格を高騰させ個人の住宅購入を難しくさせるとともに、巨額の利益を上げる経営を改めさせることが目的だ。これは、習近平国家主席の『共同富裕』の理念に基づく政策と考えられる」
「共同富裕」は、共産党大会で習氏の政治的地位とともに思想的地位も確立され、「忠誠」の対象になった。その思想のもとで行われてきた政策が修正されることは一層難しくなる。それだけに、木内氏は、こう警告する。
「デベロッパーや関連業種の経営不振が住宅不況をより深刻にさせ、中国経済への逆風が長引くのではないか。それ以外にも、習近平国家主席が主導してきたと考えられるゼロコロナ政策、IT産業・教育産業への統制強化なども継続し、経済の逆風が続くことになるのではないか。
さらに、来年にかけては世界が景気後退入りする可能性もある。また、中国の人口減少、米国の対中デカップリング政策の影響なども加わるのである。習近平国家主席が異例の3期目入りを果たすタイミングで、中国経済はまさに歴史的な逆風に晒されることになるだろう」
(福田和郎)