NHKで放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で関東の武士たちは、「夜討ち朝駆け」の抗争を繰り広げたものだが......。
急速に進行する円安退治のために、円買いドル売りの為替介入という「伝家の宝刀」を引き抜いた政府・日本銀行の「夜討ち朝駆け」が金融市場をおののかせている。
2022年10月21日夜(日本時間)にニューヨークで行った「深夜介入」と、10月24日朝(同)に東京で行った「あさイチ介入」のことだ。いったい、切れ味はどうなのか。エコノミストの分析を読み解くと――。
NYでは「7円」、東京で「5円」の効果が...
円相場は週明けの10月24日、東京外国為替市場で乱高下を繰り返した。先週の円相場の取引終値は1ドル=147円79銭前後だった。24日午前の売買では149円70銭前後からスタートした。ところが、そこから、一時5円ほど円安方向に振れたのだ。
市場関係者が「異変」に気づいたのは、市場が開いた直後の午前8時30分すぎのこと。1ドル=149円60銭台で150円に近づいた直後、数分の間に145円台まで一気に5円近く円高方向に進んだ。
先週末の10月21日、鈴木俊一財務大臣は、為替介入について、やったか、やらなかったかは「コメントしません」としながらも、政府・日本銀行はニューヨーク市場で為替介入を行った可能性が高い。151円台半ばで下落した円相場が急騰し、一時144円50銭前後まで円高・ドル安が進んだからだ。同日の安値(151円94銭)からは7円ほど円高方向に戻した。
これは日本時間では午後11時過ぎだったため、市場関係者の間では「深夜介入」と言われた。そして今回、鈴木俊一財務大臣は改めて10月24日午前の記者会見では、「市場を通じて投機筋と厳しく対峙している状況なので、コメントしません」と述べ、介入したかどうかは言及しなかった。
しかし、市場関係者は政府・日本銀行が「覆面介入」を行なった可能性が高いとみており、さしずめ「あさイチ介入」である。
市場参加者の疑心暗鬼募らせる作戦?
こうした相次ぐ政府・日銀の「覆面介入」をエコノミストはどう見ているのだろうか。
日本経済新聞オンライン版(10月24日付)「円急伸、一時1ドル145円台に 市場では為替介入観測も」という記事に付くThink欄の「ひと口解説コーナー」では、日本経済新聞社特任編集委員の滝田洋一記者が、
「(1)週明けの為替市場でも円相場は乱高下。再び円買い介入の観測が出ています。1ドル=150近辺まで円が押し戻されたのですから、そこを叩く円買い介入があったとしても不思議はありません。実際は薄商いのなかのプログラム・トレードかもしれませんが、市場参加者の疑心暗鬼は募ります」
と指摘。そのうえで、
「(2)ポイントは市場のドル買い需要の根強さと値ごろ感。150円より円高・ドル安ならドルは買いとみる市場参加者が多いようだと、円買い介入の効果は限定的。『公園でハトに餌を与えると、ハトがどんどん集まってくる』ような事態を招くことも考えられます。(3)財務省が介入の剣を抜いた以上、今週も当局と市場参加者の攻防が続きます」
と、説明した。
介入によって、ドル安に振れると、逆にドルが買いやすくなるため、投機筋を呼び寄せてしまう「イタチごっこ」が続くというわけだ。
ヤフニュースのコメント欄では、時事通信社解説委員の窪園博俊記者が、
「かなり激しい値動きからみて、政府・日銀が円買い・ドル売り介入を行った可能性は非常に高いとみられます。先週末の介入で、ドル円を大きく押し下げたものの、週明けの早朝にドル円は買い戻しが入り、1ドル=149円台まで戻していました。このまま放置すると、再び150円の大台を回復し、さらに上値を切り上げる可能性があったのは事実です」
と説明。そのうえで、鈴木財務相が介入の有無についてコメントを避けていることなどを引き合いに、
「投機筋との戦ううえでは、自ら手口を明らかにするのは得策ではない、と言えるでしょう。政府・日銀は懸命に介入していますが、介入はしょせん対症療法に過ぎず、効果は一過性にとどまります。また、円売りの介入は、保有外貨が上限となるため、そう何度もできるものでもないことは念頭に置いたほうがいいでしょう」
と、効果は限定的であるとした。
タイミング絶妙...金融市場を驚かせた4つの理由
一方、金曜の「深夜介入」については「短期的な影響としては予想外に効果が大きかった」と驚いたのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「為替介入の実施で一時円安の修正が進む」(10月24日付)の中で、「東京市場の時間帯ではなく海外市場の時間帯で為替介入が行われたこと」に驚いたという。木内氏は、
「海外市場の時間帯での為替介入は、海外の中央銀行に委託して行う『委託介入』が一般的だ。各国が協調して為替介入を行う協調介入の場合には、この委託介入を行うことが容易だ。しかし、今回のような単独介入では、他の中央銀行に為替介入を委託するのは簡単ではない。一部報道によれば、欧州中央銀行(ECB)は、21日に為替介入を実施していないことを明らかにしている。米連邦準備制度理事会(FRB)が日本からの強い要請で委託介入を実施したのだろう」
と推測する。
もう1つ、木内氏が驚いたのは、普通為替介入の効果は初回(9月22日、一時5円程度円高)が最大であるという原則から外れて、2回目(10月21日、一時7円程度円高)のほうが大きかったことだ。
効果が予想外に大きかった理由は4つある、と木内氏は指摘する。
(1)為替市場は東京市場での為替介入を強く警戒していたため、海外市場での為替介入実施はサプライズだった。
(2)東京市場と比べて海外市場ではドル円の取引は少ないため、為替介入の効果が大きく出やすかった。
(3)為替介入の規模が大きかった可能性がある。
(4)タイミングが絶妙だった。ちょうど米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が、「FRBが利上げペースの縮小を議論する」との観測記事を発表、米国の長期金利が低下し、ドル安円高の圧力が生じた瞬間に合わせて為替介入が行われたため、効果が高められた。
タイミングといえば、10月24日の「あさイチ介入」も午前8時半に東京外国為替市場が開いた瞬間だった。
ただし、木内氏はこう結んでいる。
「今回の介入によって一時的には円安の流れが食い止められたが、その効果が持続することはないだろう。日本銀行が為替の安定に配慮する金融政策に修正することがない限り、政府による為替介入だけで円安の流れを止めることは難しい。 円安の流れを変えるのは、FRBの利上げ姿勢の変化である。FRBが利上げのペースを明確に縮小させるとの見方が広がれば、米国長期金利の上昇が一巡し、日米長期金利差の変化に大きく影響を受けるドル高円安の流れも一巡するだろう」
(福田和郎)