デジタルが生み出す「増価蓄積」経済とは何か?

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   コロナ禍は社会のデジタル化を急速に進めた。そして、現在、「デジタル資本主義」と呼ばれる新しい社会システムへのパラダイムシフトが進んでいるという。本書「デジタル増価革命」(東洋経済新報社)は、野村総合研究所が主催するフォーラムで発表された一連の分析結果を中心にまとめたものだ。

「デジタル増価革命」此本臣吾監修、森健編著(東洋経済新報社)

   同研究所の森健・未来創発センター グローバル産業・経営研究室長が編著、此本臣吾・代表取締役会長兼社長が監修している。

時間がたつほど、デジタルサービスの価値は高まる

   はじめに、産業資本主義からデジタル資本主義へのシフトについて、説明しておこう。

   元来、モノは新品の時が最も価値が高く、使用される時間とともに価値は劣化していく。そしてこの仕組みが、「減価償却」である。

   一方、プラットフォーム上でのデジタルサービスは新品の時の価値が最も低く、使用されるなかで、ソフトウェアが随時アップデートされていく。したがって、時間が経過するほど、価値は高まっていくというわけだ。この仕組みは、「増価蓄積」と言える。

   「産業資本主義からデジタル資本主義へのシフト」をひと言で言えば、「減価償却から増価蓄積社会へ」という価値のベクトルが、真逆にシフトしつつある状況だという。

   デジタル資本主義のもとで生き残る企業は、品質を劣化させない企業ではなく、時間とともに提供価値(機能)を向上させる企業だと、説明している。

「増価蓄積」の代表例...テスラの自動車やスマートフォン

   テスラの自動車を例に「増価蓄積」について、説明している。

   テスラのようなコネクテッドカー(つながる車)は、ネットワークを通じて頻繁にソフトウェアのアップデートが行われる。回生ブレーキやサスペンションの改善、GPSの精度向上、航続距離の向上など、自動車の性能そのものが時間とともに向上する。そして、性能向上を蓄積していく。まさに「増価革命」の象徴だという。

   スマートフォンも「増価蓄積」の典型例だ。

   ハードウェア自体は劣化するが、OSのアップデートが頻繁に行われ、ユーザーが自分にとって「価値がある」と思ったアプリをダウンロードしていくことで、どんどん機能が向上し自分好みの端末へと進化していくからだ。

   コロナ禍の社会で進んだ3つの現象――すなわち、人工知能(AI)の躍進、テレワークの世界的な拡大と浸透、自社のホームページを立ち上げて直接顧客とネットでつながるD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)に共通しているのは、デジタル技術が時間と空間の制約を緩和してくれたということだ。

   デジタルが生み出す増価のメカニズムには、以下の7つがあると説明している。

デジタルによる増価7つのメカニズム

1 ネットワーク効果 利用者が多いサービスほど有用性が高くなり、ますます利用者を増やす効果
2 マッチング効果 最適なマッチングを行うことで利用者の満足度を高める、あるいはシェアリングによって資産稼働率を高める効果
3 学習効果 AIによる機械学習によって生産性や顧客満足度を高める、あるいは企業のオンラインビジネス実験による学習を通じて増価する効果
4 時間制約緩和効果(いつでも効果) 時間制約にとらわれずサービスを受けられる、あるいはデジタル活用によって時間が節約できる効果
5 空間制約緩和効果(どこでも効果) D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)、テレワーク、遠隔診療、仮想空間などが生み出す効果
6 ユーザー参画効果(だれでも効果) ユーザーがコンテンツやアプリ制作など価値創出主体になることによる効果
7 可視化効果 デジタルが様々な情報(例、CO2排出)を可視化することで、意識と行動変化を促す効果

   企業活動においては、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)が、コロナ禍で社会のデジタル化が進むことにより、さらに強大化した。

   2019年と20年を比較すると、アマゾンは売上が38%増、純利益は84%も増加した。20年から21年にかけて4社の業績はさらに躍進。4社ともに2桁の増収増益を達成した。

   4社が躍進したのは、人々がインターネットやスマートフォンを一層利用するようになったからだ。上記の(1)ネットワーク効果によるものだ、と説明している。

デジタルは生産性やウェルビーイングを高めたのか?

   一方、デジタルは人々の生産性やウェルビーイング、もしくは、生活満足度を高めたかについても検証している。

   テレワークによって浮いた通勤時間は、日本全体で17億7500万時間、テレワーク利用者1人当たり年間90時間と推計している。金銭価値に換算すると、テレワークによって増えた「可処分時間」の価値は2.2兆円だとしている。

   生産性への影響は、プラスとマイナスが拮抗している、と見ている。テレワークによる仕事のパフォーマンス変化を業種別にみても、まばらで一概に特徴を言うことができないようだ。

   しかし、生活満足度の向上には大きなプラス効果があり、テレワークはプラス、マイナスの両面を増幅する、と指摘している。そして、ストレスに対処する「健康生成能力」が高い人ほどテレワークからプラス面を生み出す、と結論づけている。

   本書では、このほかデジタルによる都市機能の複合化や、デジタルが生み出す増価蓄積社会のモデルについて論じている。

   データの価値推計の難しさや既存の会計ルールではデジタル企業の実態を捕捉できないなどの課題もあるが、「デジタル増価」という考え方が広まりつつあることは押さえておきたい。

(渡辺淳悦)

「デジタル増価革命」
此本臣吾監修、森健編著
東洋経済新報社
1980円(税込)

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