「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~ケーススタディで考える現場マネジメントのコツ」では、現場で起こるさまざまなケースを取り上げながら、「上司力を鍛える」テクニック、スキルについて解説していきます。
今回の「CASE 14」では、注意すると、すぐに「パワハラ」と言い立てる部下のケースを取り上げます。
叱ることが、部下自身のためになっているか?
<注意すると、すぐに「パワハラ」と言い立てる部下...どう対応する?【上司力を鍛えるケーススタディ CASE 14(前編)】(前川孝雄)>の続きです。
そもそも、上司と部下の間に信頼関係があれば、叱ることが即ハラスメントとはならない場合も多いのです。
重要なのは、上司が「ここで叱ることが部下自身のためになっているか」と自問自答することです。ダメな叱り方とは、上司自身の保身のため、あるいは上層部からの評価を上げるために「こんなミスをして一体どうしてくれるのか」などという場合です。こうした叱り方は、部下の心を閉ざしてしまうのです。
部下を叱るのは、それが人材育成の観点から部下自身の成長や活躍につながる、そう信じられる場面であるべきです。たとえば、部下自身がやると言ったことを中途半端な状態で投げ出したとき、「そんな仕事ぶりではあなた自身の信用を失ってしまう」「こんなことではあなた自身のスキルアップにならない」と叱る事は、必要だと思います。
◆叱り方の「3つのルール」
ここで、叱り方の基本ルールを3つ挙げておきます。上述のとおり、部下に対し必要なときにしっかりと叱ることは大切です。その際、相手への配慮も含む一定のルールに沿うことで育成効果が上り、ハラスメントの予防にもなります。ぜひ、心がけてください。
(1)基本は人前で叱らず、別室で話す。「見せしめ」や「辱しめ」にならないように。
(2)「人格を否定しているわけではなく、行為を問題にしている」と、はっきり言葉で示す。
(3)叱った後に改善が見られたら、声をかけて褒めるなど見守りの姿勢を示しフォローする。
褒めることは大切だが「褒めすぎ」に注意
一方、怒るというのは、叱るのに比べると感情的な度合いが高いといえます。「上司たるもの、叱るのはいいが怒ってはだめ」とアドバイスする人もいます。
しかし私は、上司が本気で怒ったときは、感情を出してもいいと考えています。ただし、これも「部下のためを思えばこそ」という条件付きです。部下を思ってなら、烈火のごとく怒っても気持ちが伝わります。私は、本物の優しさは厳しい愛だと考えています。
他方、褒めることに関しては、近年非常に大事との認識が広まっています。褒め方に関する検定が設けられるほどです。多くのベテランマネジャーが、「とにかく部下を褒めなければ」と躍起になっている会社もあります。
褒める事は確かに大切ですが、「褒めすぎ」にも注意が必要です。
これは心理学者A・マズローの欲求5段階説にある「他人から尊敬されたい、自分を価値ある存在だと認められたい」という「承認欲求」と関係します。組織学者・経営学者である同志社大学の太田肇教授は、その著書『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書)で、現代人が承認欲求に縛られて身動きがとれなくなっていると指摘しています。
ポイントは、部下の行動を「具体的に」褒める
部下を褒める際には、あまりに大げさな褒め方をして過大な期待をかけると、プレッシャーでつぶれてしまう恐れがあります。一人ひとりの状態や気持ちをよく考え、適度な褒め方への配慮が必要です。
もちろん、部下を褒めるべきときはしっかり褒めましょう。そのときに大事なのは、具体的に褒めることです。特にTPO(タイミング、場所、状況)を明確にすることを意識してください。どの仕事のどの部分をどう評価したのか、それを具体的に伝えた上で褒めるのです。そうした褒め方なら部下も素直に喜べますし、人材育成の効果も期待できるでしょう。
そのためには、普段から現場で働く部下一人ひとりをしっかり見守ることが大切なのです。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版、2020年10月発行)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版、2020年10月)等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)および『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)。