本書「映画を早送りで観る人たち」(光文社新書)のタイトルを見て、理解できるかどうかで世代がわかるかもしれない。
というのも、若い世代では、1.5倍速で視聴したり、会話がなかったり動きが少なかったりするシーンを10秒ずつ飛ばして視聴するのは珍しくないというのだ。
一体何がそうした視聴スタイルを生んだのか? サブタイトルは「ファスト映画、ネタバレ――コンテンツ消費の現在形」。いま、映像や出版コンテンツはどのように受容されていくのかを探った意欲作である。
「映画を早送りで観る人たち」(稲田豊史著)光文社新書
著者の稲田豊史さんは、ライター、コラムニスト。映像配給会社のギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)に入社。その後、キネマ旬報社でDVD業界誌の編集長、書籍編集者を経て独立。著書に「セーラームーン世代の社会論」「ぼくたちの離婚」などがある。
観るべき作品が多過ぎる!
稲田さん自身、DVD業界誌の編集部にいた時、仕事の必要に迫られ、作品を倍速で観ることが多かったそうだ。派手なアクションシーンなど、売上に直結しそうなシーンだけは通常再生に戻して確認していたという。
その後、かつて倍速で観た作品を通常再生で観直し、作品の印象がまったく違うのに驚いたことが本書執筆の動機になった。
マーケティング・リサーチ会社のクロス・マーケティングが2021年3月に行った「動画コンテンツの倍速視聴経験」に関する調査を紹介している。それによると、20~69歳の男女で倍速視聴の経験がある人は34.4%。内訳は20代男性が最も多く54.5%、20代女性は43.6%、次いで30代男性が35.5%、30代女性が32.7%と若い世代に顕著に見られる。
なぜ、こんなことになったのか。稲田さんは3つの背景があると説明する。
1つめは、作品が多過ぎること。Netflixなど定額制動画配信サービスが普及し、低額な料金で作品が見放題になる。これに、従来からのテレビ、YouTubeなど無料の動画配信メディアを含めれば、映像作品の供給量は膨大になる。話題についていくためには、観るべき作品は多い。それを倍速視聴という「時短」が解決するというのだ。
時間のコスパ、「タイパ」を求める若者たち
2つめは、コスパ(コストパフォーマンス)を求める人が増えたことだ。時間のコスパは「タイパ」と呼ばれている。「タイムパフォーマンス」の略だ。駄作を観るのは無駄な時間と考えられ、「タイパが悪い」と嫌われるという。
その極端な行き着き先が、YouTube上に多数存在する「ファスト映画」だ。数分から十数分程度の動画で映画1本を結末まで解説するもので、違法なアップロードであるため有罪判決が出たが、根絶されていない。
3つめの背景として、セリフですべてを説明する映像作品が増えたことを挙げている。だから、セリフやナレーションのあるシーンだけを観れば、作品を理解できると思う人がいても不思議ではない。だが、それでは映像作品を鑑賞したことにはならない、と稲田さんは疑問を呈する。
倍速視聴する人たちへの取材を通して、稲田さんは以下の図式に至る。
芸術――鑑賞物――鑑賞モード
娯楽――消費物――情報収集モード
ある種の映画やドラマが情報収集の対象だという認識ならば、効率的な摂取のために早送りする行動には、なんの疑問もない。いわば、本を立ち読みするのに似ている。「観たい」のではなく「知りたい」という感覚だ。
「オタクへの憧れ」が強いZ世代
次に、理由を視聴者側の内的要因に求め、説明している。それほどまでに倍速視聴したくなる気分とは何なのか?
若い世代の「友達の話題についていきたいから倍速で観る」という声に注目する。LINEグループで出た話題の作品はなるべく観て、感想を書き込む必要がある。1990年代後半から2000年代生まれ、現在10代後半から20代半ばくらいのZ世代には、以下の特徴があるという。
1 SNSを使いこなす
2 お金を贅沢に使うことには消極的
3 所有欲が低い
4 学校や会社との関係より、友人など個人間のつながりを大切にする
5 多様性を認め、個性を尊重しあう
ここから導かれるのが、「オタクへの憧れ」だという。それもアイドルやアニメのキャラクター、あるいはクリエイターの「推し活動」をしているオタクだ。オタクになれば、結果的に自分は「個性的」にもなれるというわけだ。
個性を求める心、オタクへの憧れ、スペシャリスト志向......。これらは「石の上にも3年」的なキャリア観が急速に薄れつつある現代社会の反映でもある、と分析している。
効率よくオタクというスペックを獲得しようとする若者への批判もあるが、稲田さんは「今の学生は圧倒的に時間とカネがない」と擁護する。
学校が出席に厳しくなる一方、金銭的な問題でアルバイトをせざるを得なくなり、「やるべきことが昔の若者より増えてしまい、作品を嗜む自由な時間、可処分時間が少なくなったことが、映画やドラマを早送りする一因」という声を紹介している。
さらに、コンテンツ自体にも変化が起きた。「快適さ」だけを求める傾向があるという。
「主人公は頭から終わりまでずっと強い。しかも自分は汗ひとつかかず指示を出す主人公が好まれる」そうだ。ライトノベルやスマホゲームには特にそうした傾向が強く、「観たいものだけを観たい」という生理が感じられるという。
倍速視聴は、コンテンツの中身にまで影響を与えているというから、いまや無視できない現象と言えるだろう。
作品がわかりやすさと快適さだけを追求して行ったら、底の浅い作品だけが増えるのではないだろうか。時代はもはや「作品鑑賞」ではなく「コンテンツ消費」ということなのだろうか。
(渡辺淳悦)
「映画を早送りで観る人たち」
稲田豊史著
光文社新書
990円(税込)