NHK受信料をめぐり、かつての携帯電話料金値下げをめぐる総務省VS携帯大手のバトルのような事態に発展するか?
来年(2023年)10月に約1割の受信料値下げを発表したNHKに対して、寺田稔総務相は2022年10月14日、値下げについて「これで打ち止めとは考えていない」と発言、NHKを強くけん制した。
インターネット上では総務省に対する応援コールが巻き起こると思いきや、「批判」と「疑問」の声が相次いでいる。いったい、どういうわけか。
NHK改革を進めれば、受信料はもっと下がるのか?
NHKの前田晃伸会長は10月11日、地上波と衛星放送の受信料について来年(2023年)10月からともに約1割値下げすると発表したばかりだが、寺田稔総務相の発言は定例会見の場で飛び出した。
総務省公式サイト(10月14日付)「寺田大臣記者会見概要」によると、記者との一問一答の概略は次のとおりだ。
記者「NHK受信料値下げについて聞きたい。NHKの前田会長は三位一体改革の総仕上げとして値下げをしたいと発言したが、大臣はこの値下げで三位一体改革の総仕上げになると考えているのか」
寺田稔総務相「三位一体改革はまだまだ終わっていない。継続的かつ不断に実施しなければならない。三位一体改革は、業務のスリム化・経費の削減、また受信料の引き下げ、そしてガバナンスの強化。これをすべてやらないといけない。
今回の値下げ案は三位一体改革の1要素をなす重要な要素であるが、たとえばそのほかの点、経費の削減をみると、さまざまな経常経費、人件費、物件費含めて削減していただく。この支出規模の削減もまだ中途だ。ガバナンスの点についても、数多くの子会社、関連会社の見直しを含むグループ全体としてのガバナンス強化、これもまだ道半ばだ。
受信料についても、これで打ち止めと我々は考えていない。当然、支出が減ると剰余金が増えてくる。また、ガバナンス強化で効率的な運営ができれば、値下げ財源もさらに膨らむ。引き続き、不断に三位一体改革を進めていただくことをNHKに申し上げたい」
つまり、NHKの前田会長は「三位一体改革の総仕上げとして受信料を値下げする」と発言したが、寺田総務相は、総仕上げはまだまだで、いずれの改革も道半ば。もっと受信料を値下げできる余地はあると、「ダメ出し」をしたかっこうだ。
NHKの三位一体改革とは、NHKが公式サイトに公開した「NHK経営計画(2021年~2023年度)の修正案について」によると、主に次の内容が柱だ。
(1)来年(2023年)10月から約1割の受信料を値下げする=図表1参照。
(2)NHK本体とグループ企業を一体改革して、組織のスリム化を図る=図表2参照。
(3)国民の批判が多く、また多額の経費がかかっていた個別訪問の営業活動をやめ、NHKアプリなどを活用した「訪問によらない営業」活動を推進する。
(4)報道・教育・娯楽などの放送コンテンツと、放送するチャンネルを見直し、ジャンル別に管理して放送資源の有効活用を図る=図表3参照。
スクランブル化、なぜできない?
有識者はどう見たか。たとえば、ヤフーニュースのコメント欄では、社会学者の西田亮介東京工業大学准教授(メディア研究)は、
「NHK改革はガバナンス、業務、受信料水準を三位一体で見直す三位一体の改革が改革の方向性に位置付けられているが、広く『不十分な受信料値下げ』ばかりが印象づいているのではないか。NHKは実は前ふたつにも相当に取り組むがそのことはあまり知られていない。受信料引き下げは可処分所得の奪い合いの観点から、民間企業や新聞等の他のメディアも強い関心を寄せ、業界団体なども要望している」
と指摘。そのうえで、
「だが、そうだとすれば、受信料水準値下げ要求は今後もずっと続いてしまうことになるのではないか。ガバナンスと業務改革の進捗程度の周知、社会的合意の獲得が今後ますます重要になるのではないか。そのなかではSNS時代における『公共メディア』とはなにか。そういった議論も必要ではないか」
と、公共放送としてのNHKのあり方を根本的に議論すべきだとした。
一方、今回の寺田総務相のNHKに対するこの「ダメ出し」発言、受信料がさらに安くなりそうというわけだから、「歓迎」の声が湧き起こっていると思いきや、ヤフーニュースのコメント欄では「批判」と「疑問」が相次いでいる。
たとえば、「NHKはスクランブル化すべきだ」という意見が非常に多かった。スクランブル放送とは、契約した人だけがテレビを視聴できるシステムだが、政府もNHKも反対の立場をとっている。こんな意見が相次いだ。
「スクランブル化をなぜできない。(総務省は)携帯会社には大鉈(なた)振って斬り込んだのに、NHKはわずかな値下げだけ」
「(寺田大臣)皆が言っている通り、そこじゃないって。ネット社会の今、NHKのあり方自体が問われている。テレビを持っていたら受信料払えということ自体が、今の時代に全く合わない」
「もう今回の台風でもネットで情報収集していたし、雨雲レーダーもスマホのほうが便利だし、速報もスマホに入ってくるし、ほんまテレビ自体を見なくなっている」
英仏では公共放送の受信料廃止の動きも
世界に目を向けると、英仏では、動画配信サービス普及などメディア環境の激変によって、公共放送の「受信料」を撤廃する動きが進んでいる。英国政府は今年4月28日に発表した放送政策に関する白書の中で、公共放送「BBC」の受信料の一律徴収が2028年には終了する可能性を示唆した。
フランスでも、複数ある公共放送の受信料廃止は4月に再選されたマクロン大統領の選挙公約でもあった。仏紙フィガロの報道などによると、5月11日に行われた閣僚評議会で受信料廃止の方針が示されたという。そして目下、テレビ受信料にあたる「公共放送負担税」が廃止の方向で動いている。なお、フランスでは、受信料は住民税とともに徴収されてきた。
こうしたイギリスやフランスの例を出し、「望まれているのはNHKの受信料値下げではなく、放送法の改定でしょう」と訴える意見などもあり、議論を呼んでいる。
「スクランブル化にして、加入契約者だけ視聴できるようにすれば、加入件数は減ると思いますが、無駄な料金徴収の人件費がなくなりますので、大幅なマイナスになるとも言い切れません。少なくとも私は契約が自由になったとしてもNHKを受信すると思いますし」
スクランブル化してもNHKを見続けるという人や、NHKにもメリットがあるという人もいた。こんな声だ――。
「有名タレントをこれでもかとあらゆる番組に起用する必要はありますか?(中略)私は、ニュースはNHKしか見ません。民放は雑音が多く時間の無駄だからです。大河・ダーウィンが来た・ピタゴラスイッチなど、大人に限らず子供でも学びながら楽しめる良質なコンテンツも多数あります。力技で安易に囲むのではなく、アイデアを持った人材を活かして魅力・意義ある上記のようなコンテンツを出していけばスクランブル化しても一定の視聴者は残るでしょうし、そのほうが健全といえるのではないでしょうか? 少なくとも私は、得られるものがあるのでスクランブル化でも契約します」
「民放より歴史が長くコンテンツレベルも高い、かつもともとの顧客層が全国民なので、スクランブル化しても非常に収益性が高い事業になると考えます。利益率が上がることで職員の賃金向上にも繋がり、コンテンツレベルがさらに上がる可能性があります。(中略)有力な納税企業となります。以上のことから、公共放送という大義名分をNHKが重視するのであれば、スクランブル化したほうがその大義はかなうのではないかと私は考えます。うがった見方をしても、覇権が取りやすい美味しい事業を逃す手はないと思うのですが」
「ニュース・教育」と「ドラマ・スポーツ」...2分割のアイデア
また、NHK改革についてさまざまな批判や疑問、そして要望が寄せられた。
「本来の目的に沿った放送をするのであれば、多チャンネルでなくてもよいはずだし、民間と張り合ったようなドラマやバラエティーに多額の製作費を投じるのはおかしなこと。デジタルアーカイブとして残していくことに意義があるような、文化的や教育的な番組が公共放送の真の姿ではないでしょうか。その球団のファンしか見ない野球の放送などはおかしいです」
「テレビ黎明期の役割は果たした。よくやった。しかし、現在NHKの存在意義を考えると、商業放送ではできない(利益が出ない)が、必要な放送をすること。例えば、ニュース・政府や自治体の広報・国会中継・教育・災害関連・伝統文化・などなど。娯楽番組は民放に任せればいい。これなら、是非はともかく税金で運営することも視野に入る」
「東京のキャスターが世界に飛んで、現地から報告しているニュース番組に出くわすたびに、現地に派遣されている人にどうして担当させないのだという疑問が湧く。駐在員のほうが当地事情に詳しいし、ワザワザ派遣の費用がかからない。経費の無駄遣いだ」
「NHKなんて見ない、見ないと言っている人でも、例えば災害で家無しになった時にも民放からしか情報は取らないのだろうか? そう考えると、どう考えても今の1パッケージではなくて、分割したほうがよいと思う。1つはニュースや教育を届ける放送。これは税金を使ってでも国民全体で維持すべきではないだろうか。もう1つは五輪中継、大河や芸能人が出るような娯楽的な番組。こちらは選択した人のみ見られるようにすればよい」
「『NHKオンデマンド』で金をとるのは即刻やめて頂きたい。完全な二重取りなので、(中略)受信料を支払っている人に対して無料で開放すべき」
「スクランブル化した場合、個人的には現在のオンデマンドのほうに切り替える。NHKでも、すべての放送を視聴するわけではないので、それで十分だと思います。(中略)値下げではなく、スクランブル化が可能なシステムが既にあるわけだから」
「国民の知的水準を維持するためには大事」との意見
一方、「NHK頑張れ!」とエールを送る人も少なくない。
「ニュースと教育講座だけを常にやっていてほしい。昔、予備校や塾に行けなかった時に、秋山仁さんの数学講座やっていて、すごくよかったです」
「NHK特集などはすごく有益です。ぼくは喜んで(受信料を)払います」
「公共放送は、公共交通機関とおんなじインフラみたいなものだと思うんだよな。市バスとか、そんなに使わなくてもみんな文句言わないのは、普段意識しないからなのだろう。結局、若い世代のために一定の質を維持するべきじゃないかと思う。NHKも学校教育を補完するプログラムを提供しているし、民放でやろうとしたらスポンサーがつかない社会派のドキュメンタリーとか、国民の知的水準を維持するためには、大事。NHKの番組の質が下がるようなら、それはそれで問題だ」
(福田和郎)