回転寿司大手「かっぱ寿司」(法人名:カッパクリエイト)の田辺公己社長(10月3日付で辞任)が、競合他社の内部データを不正に取得した不正競争防止法違反の容疑で逮捕されました。上場企業のトップが機密漏洩の疑いで逮捕されるということは、極めて異例な事態です。
熾烈な競争にさらされる回転寿司業界
具体的な容疑は、田辺氏が取締役を務めていた前勤務先の「はま寿司」(ゼンショーHD傘下)から「かっぱ寿司」への転籍に際して、不正に店別売上データや原価データなどの営業機密情報を入手したというものです。
田辺氏は2020年、「かっぱ寿司」の顧問就任時に「はま寿司」から営業情報を持ち出し、さらに転職後も、元同僚に依頼して機密情報を入手していたといいます。これは、経営者自身の著しいコンプライアンス意識の欠如という、ありうべかざる不祥事です。同時に、トップの不正行為は田辺氏個人の問題にとどまらず、「かっぱ寿司」の法人としての経営姿勢までが大きく問われる重大な問題であると言えます。
本件における法人としての「かっぱ寿司」の最大の問題点は、田辺氏が不正に入手した情報を自社の活動に役立てるべく活用していたフシがうかがわれることです。というのは、もし「かっぱ寿司」が田辺氏の行動を問題視していたならば、情報を持ち込んだ時点で即刻解雇してもおかしくない事象でありながら、逆に、氏を社長にまで取り立てるという、氏の不正行為を組織として「評価」していたとも思われる対応をとっているからです。そんな「かっぱ寿司」の姿勢は、企業としてもコンプライアンス意識の欠如が甚だしいと言わざるを得ないところです。
同じような問題は昨年、携帯電話業界でも起きています。ソフトバンクから楽天モバイルに転職した社員が、ソフトバンクの基地局工事などに関するコスト情報を不正に持ち出し、楽天に提供したとして、今回と同じ不正競争防止法違反の容疑で逮捕されているのです。この場合、逮捕者は経営者ではありませんでしたが、機密情報という企業資産を持ち出す今回と同じ企業犯罪として話題になりました。
回転寿司業界と携帯電話業界の共通点と言えば、大手数社が顧客獲得競争にしのぎを削り、かつ、サービス内容で他社と差別化をはかることが難しく、最終的に価格競争に陥りがちであるということでしょう。したがい、コスト削減につながる他社情報は、どこの企業も喉から出が出るほど欲しいという状況に疑いの余地はありません。しかし、「禁断の一線」を越えてしまうかしまわないかは、経営者や組織のコンプライアンス意識如何であるとも言えるのです。
加害者にも被害者にもならないために
企業経営の3要素であるヒト、モノ、カネに加えて、「情報」が同等に重要なものであると言われて久しい昨今。ところが、「情報」という資産は目に見えないものであるが故なのか、その高い重要性に反して、未だ軽く扱われがちなのではないかと感じることが多々あります。とくに、経営者の中には「情報の所有権」という概念をしっかりと持ち合わせていない人も散見され、今回のような事件は実は氷山の一角なのではないか、と思うことしきりなのです。
この問題に関して、経営者にとって重要なことは以下の3点に集約されるでしょう。
(1)大手企業に限らず企業経営者が意識しなくていけないことは、情報には他資産と同様に所有権があり、それを犯すことはモノの窃盗と同じく犯罪であるという意識を持つこと。
(2)組織内の一個人がこの法を犯す行為をした場合、それは自身が属する企業の利益のための行為であり、個人だけではなく組織も法令違反の罪を免れ得ないと意識すること。
(3)日常から社員に対し、「情報」の取り扱いに関するコンプライアンス意識の醸成を怠らず、かつ、とくに中途採用の際には採用する者からの旧勤務先情報の提供を期待しないこと。
とくに、(3)は線引きが難しい部分もあります。中途採用した人物の旧勤務先における「経験」は、大いに活かしてもらうべきではあります。ただし、経営者、管理者はそこに機密情報が含まれてはいないかという視点で、常に監視の目を怠らない姿勢が求められているのです。とりわけ、役員クラスや管理者クラスの中途採用時には、一層の注意が必要です。入社時に他社機密情報の持ち込みを禁止する旨の誓約書を交わす、などの対応も必要であるでしょう。
逆に、自社の機密情報を守るという観点からも、ガードを固める必要があります。転職、退職する社員に対して、機密情報の持ち出しを禁じる誓約書を求めることはもとより、口頭でも機密情報を持ち出すことが犯罪であり、万が一それが分かった場合にどのような罰則と刑事訴追があるかということも、明確に伝え、意識させることが必要です。
そのためには、自社における機密情報の定義と取り扱いを明確化し、社内で徹底することが不可欠です。機密情報を簡単に持ち出せると思わせる状況を作らないことが、最善の防止策でもあるのです。
「かっぱ寿司」の件は、一般消費者にも身近な有名企業の経営者が言い逃れの余地がないコンプライアンス違反に手を染めていたということから、大きな注目を集めている事件です。しかしこの事件の本質は、「情報の所有権」という考えを甘く見ると、どこの企業経営者でも加害者にも被害者にもなりうる問題であるということにあります。世の経営者にとっては、本件を他人事ではないという意識で真摯に受け止めてほしいと思います。
(大関暁夫)