急激に進む円安に歯止めをかけようと2022年9月22日、政府・日本銀行が電撃的なドル売り円買いの為替介入に踏み切ってから5日、27日の東京外国為替市場では1ドル=144円台後半まで円安が進んだ。
一時1ドル=145円近くまで進んだドル円相場が、介入によって一気に140円35銭付近まで円高に振れたが、わずか数日で逆戻りしたかたちだ。
為替介入は効果があったのか。鈴木俊一財務相は26日、「一定の効果はあった。今後も必要に応じて対応をとる」と述べたが、エコノミストの分析を読み解くと――。
政府・日銀の為替介入規模...過去最大3.6兆円?
報道によれば、政府・日本銀行が9月22日に行ったドル売り円買いの為替介入の規模について、金融市場では約3兆6000億円との推計が広がっている。これは日本銀行が26日、金融機関の手元資金の総量を示す日銀当座預金残高を「財政等要因」で3兆6000億円の不足になるとの見通しを公表したからだ。
円買い介入としては、過去最大だった1998年4月10日の約2兆6000億円を超える規模となる。介入の原資となる政府の外貨準備高は、多くは米国債などの証券だ。すぐに使える外貨預金は1400億ドル(約20兆円)とされており、今回だけで約18%、6分の1を使ったことになる。
しかも、為替介入の効果は初回が最大で、その後は次第に低下していくのが通例といわれる。今後の効果に期待できるのか。もう、「無駄玉」を撃つ余裕はなさそうだが、エコノミストはどうみているのか。
今年に入り、インドも単独介入...効果は乏しく
「為替介入の効果は限定的だった」と指摘するのは、野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジスト石黒英之氏だ。
石黒氏はリポート「日本の為替介入効果は短命に終わるか?」(9月26日付)の中で、ドル円レートが為替介入後、上昇に転じたグラフ(図表1参照)を示しながら、単独介入の難しさをインドの「失敗例」を引き合いに説明する。
「政府・日銀は1997年~98年にかけて円買い・米ドル売り介入を行ないましたが、円安基調を変えることはできず、その流れが変わったのは、ロシアの財政懸念が強まった1998年8月でした(図表2参照)。
今年に入り自国通貨安に歯止めをかけるべく、米ドル売り介入を実施しているとみられるインドをみても、その介入効果は乏しく、インドルピーは対米ドルで最安値を更新するなど、単独介入による自国通貨防衛には限界があるようにもみえます」
そして、こう結んでいる。
「FRB(米連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)など世界の中央銀行が積極的な利上げを行ない、日銀が金融緩和政策を維持するなか、日本の為替介入は単独介入にとどまるとみられます。急速な円安が落ち着くためには、(1)主要国の利上げが一服すること、(2)日銀が何らかの政策修正を打ち出すこと、などが焦点になると想定され、こうした動きがみられるまでは円安基調が続きそうです」
「円安は構造的・複合的要因があり、介入では解決しない」
「円安は構造的・複合的問題に要因があるため、為替介入では解決しない」と突き放すのは、三井住友DSアセットマネジメントのチーフマーケットストラテジスト市川雅浩氏だ。
市川氏のリポート「政府・日銀は為替介入を実施~その効果について考える」(9月26日付)では、今後も為替介入の効果を上げることが難しい理由を2つあげている。
(1)ドル売り原資は限られており、為替介入でかえって投機的なドル買い・円売りを誘発する恐れがある。
(2)日本銀行が異次元の金融緩和を続けている中でのドル売り・円買い介入は、政策の一貫性に欠ける。
(1)については、今回の介入は「兆円規模」と報道されているので、介入原資に限りがある以上、同規模の介入を続けることは難しい。それに、他の市場参加者が介入に呼応してドル売り・円買いに動かなければ、効果の持続性が乏しくなる。
(2)については、米国との金利差拡大という根本的な要因以外に、次のような金融の実務面の事情や、日本経済の構造的な問題点があるという。
「ドル売り・円買い介入は、財務省が民間銀行から円を買うため、日銀当座預金の残高減少要因、金利上昇要因となります。日銀が異次元緩和のもとで残高減少分を補てんすれば、金利低下要因、円安要因となるため、介入効果は薄れます。円安は、『資源に大きく依存するなかでの資源高による貿易赤字の定着』、『賃金・物価が伸びないなかでの利上げの遅れ』など、構造的・複合的な問題に起因するもので、為替介入では解決できません」
為替介入は政府の日銀への「恨み節」?
ところで、今回の電撃的な為替介入劇、政府と日本銀行の間での足並みの乱れを指摘するエコノミストがいる。野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏もその1人だ。
木内氏はリポート「金融緩和と為替介入のポリシーミックスは適切か」(9月27日付)の中で、9月22日の為替介入の背景をこう推測している。
「(為替介入は)日本銀行が金融政策決定で金融政策の維持を決め、さらに総裁記者会見で利上げの可能性が改めて強く否定された直後のことだった。政府が期待している日本銀行の政策修正が見送られたことで、政府としては『為替介入を実施するしか手がなくなった』と、日本銀行に恨み節を伝えることも意図したようなタイミングであった。
実際には、1ドル145円を防衛ラインとあらかじめ決めていた政府が、記者会見での総裁の発言などを受けて145円台まで円安が進んだタイミングをとらえて介入を実施した、ということかもしれない。しかし、政府と日本銀行の連携ができていないとの連想を多くの人が持ちやすいタイミングで、政府が介入を実施したことは確かなのではないか」
主要国の中でマイナス金利を続けているのは日本だけだ。多くの主要国では、対ドルでの自国通貨安が物価高を助長することを恐れ、米国の利上げ幅に合わせる動きが広がった。
それでも、急落中の英国ポンドの対ドルレートは年初から21%程度の下落。また、ユーロは15%の下落だ。これに対して円の対ドルレートは26%も下落しているのだ。
だから、木内氏はこう指摘する。
「さらなる円安を回避し、円高方向への水準修正を図りたい、という政府の考えは、日本銀行の金融緩和とやはり相いれないものだろう。米国など海外での急速な利上げが進む中で日本銀行が異例の金融緩和を続ければ、円安が進み、それがもたらす輸入物価の上昇が経済に悪影響を与えてしまう」
硬直した日本銀行の姿勢に業を煮やした政府が為替介入の断を下したのだとしても、いつまで続けられるのだろうか。
「為替介入を始めた以上、突っ走るしかない」
「為替介入を始めた以上、突っ走るしかない」と檄を飛ばすのは明治安田総合研究所フェローチ-フエコノミストの小玉祐一氏だ。
小玉氏はリポート「財務省が円買い介入、日銀はすえ置き」(9月26日付)のなかで、「ひとたび介入に踏み切ったからには、過度な円売りが収まるまで、腰をすえて介入を続ける必要があるだろう」として、こう述べる。
「市場はこれから当局の『本気度』を見極めにかかる。介入の持続性に多少なりとも疑念を抱かれるようなら、円売りは止まらない。足元を見透かされる分、介入前よりもさらに円売りドル買いが加速するかもしれない。逆に、市場に財務省の『本気度』を理解させることに成功すれば、介入を止めても円売りドル買いは鎮まる」
ただ、円買い介入は円売り介入と異なり、外貨準備を消費するため、無限にできるわけではない。しかし小玉氏は、現時点で外貨準備の枯渇を気にする必要はない、というのだ。
「円安、株安、債券安という本格的な日本売りを招く可能性がないわけではないが、おそらく長期戦にはならない。米国の利上げサイクルのピークアウトが見えるまでの勝負である。(中略)時期についての市場の見方はまだ割れているが、米国が早晩景気後退に陥るとの見通し自体はほぼコンセンサスである。
市場とのせめぎ合いが長期化すればするほど、財務省は不利に立たされるが、米国の利上げ停止が視野に入るまで待つ必要はなく、0.75%の利上げ幅が0.5%に縮小するだけでも、為替相場は利上げ終了を織り込むフェーズに移っていくだろう。それまでの時間稼ぎということであれば、介入の継続は十分可能と考えられる」
いずれ米国が景気後退に陥ることは間違いなく、その時まで耐え抜けばよいというわけだ。
(福田和郎)