後継者不在や新型コロナウイルス感染症の影響で、2020年に企業の廃業件数は過去最多となった。
このような背景で、親族ではなく第三者に事業を継承する手段として、M&Aを選択する中小企業が増えている。本書「日本のM&Aの歴史と未来」(一般社団法人金融財政事情研究会)は、日本でM&Aにかかわってきた多くの人が、その社会的意義を訴えた本である。
「日本のM&Aの歴史と未来」(一般社団法人金融財政事情研究会編著)一般社団法人金融財政事情研究会
M&Aというと、「乗っ取り」「買われた」「身売り」というネガティブなイメージで語られる日本のM&Aを変えようという意図でつくられた本である。官民の関係者が分担して執筆し、座談会で語り合っている。
M&Aが1990年代前半まで下火だった理由
中小企業庁事業環境部財務課長の日原正視氏が、「第1章 日本におけるM&Aの現状と課題」を書いている。
それによると、日本でのM&Aの歴史は意外と古く、明治以降、活発に行われてきた、ということに驚いた。戦前は、紡績、電力、製鉄、製紙のような規模の経済が働く分野でM&Aが日常的に行われていたという。
しかし、戦後は一部の例外を除いて1990年代前半まで下火だった。3つの要因を挙げている。
1 経済状況が良好で、売り案件が少なかった。
2 独占禁止法が厳しく適用されていたため、水平的合併が抑制されていた。
3 買収資金を市場から調達する発想がなく、資金的な制約があった。
1990年代後半以降からM&Aが徐々に増加したのは、ブレーキとなっていたこれら3つの要因が逆方向に振れたためだ、と説明している。
第1の要因は、バブル崩壊によって一変した。雇用・設備・債務の3つが過剰になり、その処理方法としてM&Aが使われ始めた。
第2の「制度的なハードル」も、さまざまな規制改革が行われた。たとえば、独占禁止法によって禁止されていた持株会社が1997年に解禁されたことで、当事者企業が独立性を維持しながら統合を実現できるようになった。
第3の「資金的な制約」も、企業が内部留保を蓄積することで余力が生まれたほか、銀行のほかにファンドのようなプレーヤーが現れ、資金調達手段も多様化した。
M&Aの先駆者的な存在だった野村企業情報
日本のM&Aの先駆者的な存在だった野村企業情報の初代社長・後藤光男氏が、いかに苦闘したかを描いた第2章は読み物として面白い。
野村證券は、事業会社、金融機関との関係が深いため、どちらかの立場にたって利害を争うM&Aになじまない。そのため、米国のM&A専門企業と合弁で子会社をつくった。
野村企業情報は、設立から7年で、取り組んだ案件は879件(国内504件、海外375件)におよび、成立した案件は152件(うち国内104件、海外48件)あった。このなかには、松下電器産業による米・MCA買収、ソフトバンクによるコムデックス買収などが含まれる。
2002年、野村企業情報は野村證券に吸収合併され、一部門として新たなスタートを切った。現在、野村證券のM&A舞台は百数十人の大所帯となっている。
M&Aは大企業が国際化を急ぐために、海外企業を買収するための手法という認識は急速に薄れている。同時に、株式の買占めや乗っ取りとはまったく異なるものであると正しく認識されるようになった、と総括している。
日本のM&Aは、M&A専業会社のほか、一般事業会社、証券会社、銀行、商社など多くの企業が行っている。
仲介業者なしに事業継承は難しい!
第3章では日本のM&A業界を代表する4氏が、「日本のM&Aの現状と未来」について座談会形式で語り合っている。その中から、印象に残った発言を引用し、その意図を説明しよう。
渡辺章博氏(GCA創業者) 「松下電器は、M&Aで成長した会社と言って過言ではありません」。銀行が仲介し、体力の弱った会社を経営力のある会社が立て直すのが、唯一国内にあったM&Aのマーケットだったという。
中村悟氏(M&Aキャピタルパートナーズ代表取締役社長) 「事業継承の現場から見ると片側FA(ファイナンシャルアドバイザー)は難しいと思います。事業継承の場合、トータルで100回を超えるぐらい売り手と買い手双方の調整をしながらクロージングにもっていきます」
中小企業庁は、2021年8月にM&A支援機関に係る登録制度をつくった。2253者の登録があり、内訳は仲介専門業者が539者、FA専門業者が391者、税理士が505者、公認会計士が231者、地域金融機関が125者となっている。想像以上の事業者が中小M&A支援に携わっていることがわかる。
中村氏は「手数料両取り」という批判を招致したうえで、仲介を禁止したときに誰が事業継承を担えるのか、と疑問を呈している。
三宅卓氏(日本M&Aセンターホールディングス代表取締役社長) 「買い手も売り手も上場企業であれば、事業シナジーや財務デューデリジェンスの結果だけで判断する闘いになります。ところが、中小企業のオーナーとの闘いは異次元の世界で行われる空中戦のようなもの。どうやっても噛み合わないので翻訳者や調整者が必要になるのです。だからこそ、仲介がうまくいくのですね」
中小企業は財務会計の文化がなく、ほぼ税務会計で減価償却を行っていない企業もあるそうだ。議事録や株主名簿も不完全で、これを大企業が検討できるまで整えることが求められるという。
荒井邦彦氏(ストライク代表取締役社長) 「M&Aビジネスは、ハイエンドビジネスあるいはビジネスの総合格闘技だといつも社内では言っています」
営業力、ビジネス構想力、財務、法務などの幅広い知識が求めれられるという。最高のビジネスパーソンになりたいと思っている人たちが参入し、日本のM&Aのレベルが上がることによって、日本の経済が活性化する、と呼び掛けている。
2025年には経営者の6割が70歳を超え、多くの中小企業が後継者不在のため廃業して、約650万人の雇用が失われるという分析がある。M&Aが日本再生の切り札になるかもしれない。
(渡辺淳悦)
「日本のM&Aの歴史と未来」
一般社団法人金融財政事情研究会編著
3300円(税込)