中学生で習った「家計の消費支出に占める食料費の割合である『エンゲル係数』」。そのエンゲル係数が今、生活が厳しくなっているというシグナルを示し始めた。それは、急速に進む物価高の影響によるものだ。
生活するうえで食料費は最も必要な支出のため、エンゲル係数が低ければ、それだけ食料費以外に使える支出が増え、生活が豊かな目安となる。一方で、数値が上がれば、食料費以外に使える支出が減り、生活が厳しい目安ということになる。
「可処分所得」「消費支出」「食料費」「消費者物価」から、「エンゲル係数」の動きを紐解く
家計の消費支出に占める食料費の割合を示す「エンゲル係数」の動きを左右する要因を因数分解すると、主な因数は(1)家計(所得)、(2)消費(食料費)、(3)物価(食料物価)の動きの3つとなる。
所得を見る場合には、「可処分所得」が重要だ。可処分所得は、税金を差し引き、児童手当を足した金額で、「いわゆる手取りの収入」。可処分所得は、自由に使える所得であり、増えるほど生活に余裕が生まれる。
そして、消費に使われた額である「消費支出」と、消費支出の中の「食料費」の動き、さらには、食料費を左右する「消費者物価」の動きによって、エンゲル係数の動きを紐解くことができる。さらに、ここ2年間は特殊要因として、新型コロナウイルスの感染拡大も影響している=表1。
これらのデータのうち、エンゲル係数、可処分所得、消費支出、食料費の動きは、総務省統計局の家計調査で確認できる。なお、分析には2人以上の勤労者世帯のデータを使っている。
まずは、エンゲル係数と21年の可処分所得、消費支出、食料費の前年同月比の動きを見てみよう=表2。
21年9月まで、消費支出が減少→エンゲル係数上昇...コロナ禍「緊急事態宣言」影響も
21年1、2月のエンゲル係数が22年よりも高いことは前述したとおりだが、1、2月の各指標を見ると、可処分所得は前年同月比で減少、消費支出も減少、食料費も減少している。これは、所得が減少したことで、消費が抑えられ、食料費も減少しているということだ。
ただし、食料費を大きく削減することは難しいため、食料費以外の支出を抑えたことで、消費支出に占める食料費の割合が大きくなったことを示している。
この消費支出の大幅な減少は、新型コロナによって政府の「緊急事態宣言」が出されていたことが大きな要因になっている。
ところが、3~5月は消費支出が増加しているが、エンゲル係数は低下している。これは、消費支出の中で、食料費も増加しているものの、消費全体の増加に比べ、食料費の増加は小幅なものになっている。つまり、支出は食料費以外のものに使われたということだ。
その結果、消費支出に占める食料費の割合が小さくなり、エンゲル係数が低下した。
3~5月も政府の「緊急事態宣言」が出されていたが、人々は徐々に普通の生活を取り戻し、テレワークも減少、外出を自粛する傾向も弱まっていた。
政府の「緊急事態宣言」が終了した9月末以降、可処分所得、消費支出、食料費、そしてエンゲル係数もほぼ同じベクトルで動いていることがわかる。
たしかに、エンゲル係数の上昇は生活が厳しくなっている目安だが、新型コロナの影響で行動が制限されれば、可処分所得が増加しても、消費支出が減少し、結果的にエンゲル係数は上昇する。
この場合のエンゲル係数の上昇は、生活が厳しくなったことを示すものではない。したがって、エンゲル係数の上昇は、必ずしも生活が厳しくなっていることの表れとは言えない。
22年1月以降、エンゲル係数と関連指標が大きくバラツキ始める...原因は?
ところが、22年に入って、状況が一変している。緊急事態宣言が終了した21年9月以降は収束し、同じベクトルで動いていたエンゲル係数と関連する指標が、22年に入ってからは21年9月以前と同様に、大きくバラツキ始めたのだ=表3。
このバラツキの原因となっているのは、新型コロナの影響ではなく、物価高にある。21年には前年同月比で食料費が増加したのは4か月しかなかったが、22年は半年の間に5か月も食料費が増加している。また、21年には6か月しかなかった消費支出の増加が、22年には半年で4か月になっている。
消費者物価指数の動きを見ると、価格変動の激しい生鮮食品を除いた総合指数が22年2月から上昇が続いていることがわかる。とくに、食料の物価指数は21年9月から上昇を開始し、22年に入ると1度も低下することなく、右肩上がりで上昇を続けている=表4。
22年に入ってからの動きを見ていくと、以下のようになる。
1月は可処分所得の増加に対して、消費支出、食料費も増加したが、食料費の増加幅が低かったことで、エンゲル係数は低下した。2月は所得の増加に対して、消費支出の増加は少なく、食料費の減少も少なかったため、エンゲル係数は上昇した。
3、4月は21年も同様だが、新入学・新社会人あるいは異動などの要因によって、消費支出が大きな月だ。食料費は増加したが、エンゲル係数は減少している。
5月は可処分所得、消費支出が減少しているのに、食料費は3.6%も増加し、エンゲル係数は急上昇した。これは、明らかに食料物価の上昇による食料費の増加によるものだ。可処分所得が減少する中で、消費を減らしたものの、物価上昇による食料費が増加した姿が浮き彫りになっている。
そしてボーナス月の6月。21年6月には可処分所得、消費支出、食料費とも減少している中で、食料費の減少が小幅だったため、エンゲル係数は大きく上昇した。
ところが、22年6月は所得が増加し、消費も大きく増加したなかで、食料費は小幅な増加にとどまっている。これはつまり、なるべく食料費を増やさないという、いわば「買い控え」の動きが出ているようだ。そのため、エンゲル係数はわずかながら低下した。
22年の消費支出と食料費は物価高に左右されており、エンゲル係数の上昇は「生活が厳しくなる」方向に進んでいるように見える。
エンゲル係数は、所得水準が高くなるほど低くなる。
食料費は所得水準で大きな格差はないため、相対的に所得が低いほどエンゲル係数は高くなり、所得が高いほど低くなるからだ。
つまり、エンゲル係数が上昇することは、より所得水準が低い世帯の生活が厳しくなっていることを表わす。
筆者はこれまで何度も「悪い物価上昇」を取り上げてきた。それが、エンゲル係数の上昇というかたちで明らかになり始めているのかもしれない。