なぜ中国はコロナから一早く成長に転じたのか?...「デジタル強国戦略」に迫る

建築予定地やご希望の地域の工務店へ一括無料資料請求

   新型コロナウイルスの影響で世界経済は大きな打撃を受けたが、中国はいち早くコロナを抑え込み、プラス成長に転じた。

   なぜ、それが可能だったのか――。ポイントは、デジタル技術を社会のガバナンスに活かすことができたからだ。本書「チャイナ・イノベーション2 中国のデジタル強国戦略」(日経BP)は、デジタル経済が加速する「コロナ後」の中国を紹介したものだ。

「チャイナ・イノベーション2 中国のデジタル強国戦略」(李智慧著)日経BP

   著者の李智慧さんは、野村総合研究所上級コンサルタント。中国福建省出身。神戸大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。中国フィンテック・ウォッチャーの第一人者。著書に「チャイナ・イノベーション データを制する者は世界を制する」(日経BP)がある。

「健康コード」と「デジタル消費券」で経済回復

   中国がコロナを封じ込めることができた理由の1つとして、「健康コード」というデジタル証明書によって、市民の健康状態を可視化したことを挙げている。

   利用者がアリペイ・アプリで、名前・国民ID・電話番号・詳細な健康状態および旅行情報を申告すると、感染リスクが緑、黄、赤の3段階で示される。利用者の自己申告に加え、政府が持っているデータとアリペイのビッグデータを照合し、外出可否を判定する仕組みだ。

   健康コードは、都市間の移動、駅や商業施設などの公共の場へ出入りする許可証として、さまざまな場面で活用された。旧正月明けに再び始まった民族大移動では、何回もの検温や健康状態の申告の手間が省かれたことで、健康コードは実質的にデジタル通行証の役割を果たし、経済再開に大きく貢献したという。

   GDPがマイナス成長になった苦境を打開するために「デジタル消費券」を発行する施策も行われた。これは、買い物したり、外食したりする際、消費金額に応じて割引ができる電子クーポン券のようなものだ。全国で200以上の都市が発行した。テンセントなどのテック企業が発行を請け負った。その原資は、地方政府とテンセントなど、メガテックが一緒に負担したそうだ。

   日本で発行されたプレミアム付商品券に比べ、非接触で効率的に配布できるというメリットがあった。くわえて、消費を喚起したい市民の層や、それを通じて支援したい業界や零細事業者など、政策のターゲットを細かく設定できる「ターゲティング」もできる優位性もある。

   デジタル消費券は、支給された額面より多くの金額を消費しなければならない。地域によっては額面の3倍消費しなければならないと設定された。

   このため、消費拡大の効果が顕著で、杭州市では平均して1人当たり35.1元のデジタル消費券が使用され、124.6元の消費増をもたらしたという。消費の牽引効果は3.5倍に上った。

   このように、デジタル社会実装がすばやく実現できた背景には、コロナ以前に整備されていた国民IDによる認証基盤、国民とデジタル・タッチポイント(接点)を持つプラットフォーマーが提供するビジネス・インフラ、モバイル・インターネットをはじめとしたデジタル基盤の存在がある。

   本書は、1970年代の改革開放まで遡り、中国のデジタル戦略の歩みを振り返っている。5つの段階を経て、現在は「デジタル国家戦略の確立段階・イノベーション駆動型デジタル中国」をめざす段階だという。中心になるのは人工知能(AI)を活用したデジタル技術だ。

ファーウェイとバイトダンスはなぜ強い

   それを支えるイノベーション企業の戦略を分析している。米国から槍玉に上がったファーウェイとバイトダンス(北京字節跳動科技)の2社を取り上げ、その強さの秘密に迫っている。

   2018年3月、米国は国内の通信網から、中国の通信機器を事実上締め出す規制を検討していると発表した。理由としては、データを盗み出すための「バックドア(裏口)」と呼ばれる不正プログラム技術が、ファーウェイの通信機器に仕組まれているとの疑いがあるとされた。

   その後、国防権限法で制限を強化。カナダ司法省が米当局の要請を受け、役員を逮捕。米国は、外国企業も含み、ファーウェイへの半導体供給を遮断する措置を打ち出した。

   ファーウェイは厳しい状況に追い込まれ、米国の技術に依存しない製品を作るプロジェクトを立ち上げたという。独自のOSソフト開発を進め、アップル、グーグルに次ぐ第三の極の構築を目指している、として独自の組織や開発手法を詳しく説明している。

   意外なのは、トップが2020年8月、新入社員に対して「米国を恨まない」とスピーチしたことだ。「たとえ米国によって叩かれても、米国を学ぶことを変えることはないでしょう」と話したという。

   「TikTok(ティックトック)」が世界で一大ブームになった。バイトダンス(北京字節跳動科技)が開発したアプリだが、米中対立の影響を受けて米国では2020年8月、大統領令によって米国内でアプリ使用が禁止された。

   安全保障上の脅威や個人情報の不適切な取得といった理由は、「あくまで建前に過ぎない」と李さんは見ている。13歳から35歳の米国人のうち、3割近くがTikTokを利用した経験があり、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルのGAFAと同じ土俵に立って米国の若者に影響力を及ぼしていることが、米当局を恐れさせたと、推測している。

   バイトダンスはソースコードを公開し、米国のセキュリティ審査を受ける用意もあると表明したが、中国政府がAIなどの先端技術の輸出に関する制限措置を発表。まだ結論は出ていないが、いずれ困難を乗り越えて、グローバル企業に成長すると期待している。

   最後に、中国のデジタル化から日本が取り入れるべきヒントをいくつか挙げている。

・海外からの優秀な人材の取り込み
・政府によるイノベーションの環境づくり
・公共サービスのデジタル化を先に推進する
・デジタル・ガバナンスの強化

   ......などだ。

   中国のイノベーションの事例を紹介すると、「それは中国だから可能なのでは」という声をよく聞くという。しかし、制度やビジネス環境の違いを理由に「同じようにはできない」と判断せず、学ぶべきことは多いはずだ。

   コロナ対策にデジタル技術を導入しようとしたが、失敗続きの日本。体制の違いを理由にいつまでも中国に遅れを取っていいはずがない。本書を読み、強い危機感を覚えた。

(渡辺淳悦)

「チャイナ・イノベーション2 中国のデジタル強国戦略」
李智慧著
日経BP
2420円(税込) 

姉妹サイト