新型コロナウイルスによるパンデミックが世界を襲った2020年を機に、テレワークが普及するなど、人々の働き方は変わったというが、それは本当だろうか?
本書「仕事から見た『2020年』」(慶応義塾大学出版会)は、全国約5万人を対象にした「定点観測」データを基に、研究者が分析した論文集である。
学術書だが、わかりやすく書かれているため、企業の人事・労務担当者の参考になりそうだ。
「仕事から見た『2020年』」(玄田有史・萩原牧子編)慶応義塾大学出版会
基になった調査は、リクルートワークス研究所が、2016年から全国約5万人の同一個人の就業実態を毎年追跡調査する「全国就業実態パネル調査」(JPSED)だ。
あわせて、2020年には、最初の緊急事態宣言下での働き方の変化を把握するため、約1万人の就業者を無作為に抽出し、臨時追跡調査を6月下旬に行った。
翌21年にも同様の調査を実施。これらのデータを基に、同研究所が主宰した「コロナショックは働き方を変えたのか研究会」に参加した研究者が本書を分担して執筆した。
テレワークは「3歩まで進んで2歩下がる」
サブタイトルが、「結局、働き方は変わらなかったのか?」とあるように、コロナの前後で著しく変化がなかった項目もあるが、大きく変わったこともある。
何よりもテレワークが定着したことだ。
編者の1人で、同研究所調査設計・解析センター長の萩原牧子さんは、テレワークの進展を「3歩まで進んで2歩下がる」と表現している。
コロナ感染前の2019年12月時点では、雇用者の6.8%に留まっていたテレワーク実施率は、2020年の緊急事態宣言下では3割近くまで急速に伸び、宣言解除後には減少するものの、2020年12月時点で12.0%とコロナ前よりも高い水準を維持している。
とはいえ、緊急事態宣言下でも、テレワークを実施しなかったほうが7割強と大多数だし、宣言下にテレワークを始めた人の63.3%が宣言解除後にはフルタイム出社に戻っていたので、「3歩まで進んで2歩下がる」という表現は妥当なところだろう。
萩原さんは、いざという時にテレワークに移行できた職場の要因として、(1)コロナ前にテレワーク制度があったこと、(2)評価制度が導入されていたこと、(3)部下が自分で判断して進められる状態に仕事を仕立ててから上司がアサインすること――この3要素を挙げている。
都会で失業率が高まらなかったワケ
コロナはさまざまな格差を顕在化させたと言われたが、中央大学経済学部教授の阿部正浩さんの「都会の仕事、田舎の仕事」という論文は、感染による地域間格差への影響をまとめたものだ。 一般に、感染者の多い大都市圏ほど、休業や失業を経験した人が多いと言われている。
しかし、地域別最低賃金の目安ランク別に、ランクAの大都市圏の都府県、ランクBの大都市圏の周辺の府県、ランクCの中小規模の都市圏のある道県、ランクDのそれ以外の県で見てみる。
すると、累計感染者数がランクDの3倍以上もあるランクAと比較して、就業継続割合がそれほど違っていないことに気が付く(ランクAで82.02、ランクDで86.09)。
なぜ、都会で失業率は高まらなかったのか?
阿部さんは、ランクAの地域で進んだ、テレワークの影響を指摘している。ランクAでは5人に1人がテレワーク制度を活用できたことが、コロナ禍でも就業継続を可能にし、感染者数に比較して、仕事への影響を軽微なものにしたという。一方、ランクDの地域では、75.0%の人が「制度として導入されていなかった」と回答していた。
また、感染による地域間格差への影響について、仕事の内容にも注目している。
それによると、ランクAの地域では「情報通信業」の割合が他の地域に比べて高く、職業も「事務職」や「営業職」の割合が高い。一方、ランクBの地域では「生産工程・労務職」が多く、ランクCやDの地域では「農林漁業」や「建設業」の割合が高く、そして「サービス職」の割合も高いという特徴がある。
これらがテレワーク制度の整備に影響し、結果として就業状態にも影響したと考えられるという。
従来にない新たな深刻な格差への懸念
このほか、「感染拡大と『働きがい』の変化と格差」(久米功一・東洋大学経済学部教授)、「休業が在職者にもたらした帰結とは」(太田聰一・慶応義塾大学経済学部教授)、「子どもを持つ就業者のワーク・ライフ・バランスは変化したのか」(大谷碧・リクルートワークス研究所研究員)など、興味深い論文が収められている。
編者の1人で東京大学の玄田有史さんは、「結局、何が変わり、何が変わらなかったのか?」と題した総括で、テレワークの普及を挙げた。
そのうえで、柔軟な働き方の見直しができたのは、実際のところ、一部の人々に留まっており、従来にない新たな深刻な格差を生む、と懸念している。また、もっぱら非正規雇用が、衝撃の調整弁や吸収役となる労働市場の構造は変わらない、と見ている。
「あとがき」で、前出の萩原牧子さんは、「結局、期待していたほどには、日本の働き方は変わらなかったってことか」という、ある研究者の言葉から書き出している。
コロナに端を発して、子供の面倒を見ながら自宅からオンライン会議に参加する様子や、都心から地方に移住した人の光景などが報道され、新しい働き方への期待は高まった。
それなのに、「全国就業実態パネル調査」によって明らかにされたのは、コロナショックによる働き方の変化が一律ではなく、ごく一部の人に留まっていたこと。
そして、柔軟な働き方への移行が高所得者に偏っていたことで、「所得・安定・柔軟」のいずれにも恵まれた一部の人と、そうでない大多数の人々といった、新たな格差が生まれたことだった、と玄田さんの分析に同意している。
そのうえで、「まずは、一部の人の働き方については『期待していた以上に』変わったと評価することもできるのではないか」と書いている。
遠隔でできる業務の幅を拡げられたり、ショックのもとでも就業を継続できるというレジリエンス(危機対応力)の重要性が浮かび上がったからだ。予測不能な未来において、レジリエンスの高い働き方は、誰にとっても重要になるだろう、と結んでいる。
なお、「全国就業実態パネル調査」は、集計サイト「JPSED.stat」で、誰でも簡単に主要データの集計ができる。
(渡辺淳悦)
「仕事から見た『2020年』」
玄田有史・萩原牧子編
慶応義塾大学出版会
1980円(税込)