2022年2月24日にロシアがウクライナに軍事侵攻して半年が過ぎ、戦争は長期戦の膠着状態に入った。
西側諸国はロシアに厳しい経済制裁を幾重にも科し、停戦圧力を加えてきたが、欧米が期待するような成果はあがっていない。むしろ、エネルギー危機が拡大して欧州に歴史的なインフレが襲来、市民生活が脅かされる事態に陥っている。
果たして、ロシアへの経済制裁は効いているのか、いないのか? プーチン大統領が強気でいられる理由は? エコノミストの緊急リポートを読み解くと――。
軍事侵攻が続くと高まるロシア国民の米国・NATOへの敵対心
<強気のプーチン露大統領...ブーメランに苦しむ欧州、「抜け道」に群がる国々【ロシアへの経済制裁はなぜ効かない?】(上)>の続きです。
ロシアへの経済制裁があまり効いていないとなると、ロシア国民が「反戦」に目覚めることに期待するしかないが、そもそもロシア国民はウクライナ侵攻をどう思っているのか。
ロシア国内の世論調査の分析からこの問題に迫ったのが、公益財団法人・日本国際問題研究所のウェブサイトにリポート「ロシア国民はウクライナへの軍事侵攻を支持しているか?」を発表した溝口修平・法政大学法学部教授(現代ロシア政治外交)だ。
上の図表は、ロシア政府と一定の距離を置く独立系世論調査機関レヴァダ・センターが発表しているによれば、プーチン大統領に対する支持率だ。溝口氏はこう指摘する。
「ロシア国内の世論調査では、開戦以来、国民の大半が『特別軍事作戦』を支持しているという状況が続いている。独立系世論調査機関レヴァダ・センターによれば、プーチン大統領に対する支持率は、2021年10月にロシア軍がウクライナ国境付近に展開した頃から上昇し、開戦を機に80%を超えた。これはクリミア併合後(2014年)と同水準の高さである。(中略)政府系世論調査機関の全ロシア世論調査センターの調査結果でも、開戦以来70%以上の人が特別軍事作戦を支持し続けている。このように、開始から半年が経過しても、軍事侵攻に対する支持はそれほど低下していない」
レヴァダ・センターの調査結果を詳しく見ると、3月時点でロシアが「特別軍事作戦」を始めた理由としては、ドネツク・ルハンシク(ウクライナ東部を実効支配する親ロシア派の自称国家)の「人民共和国」に住むロシア系住民の保護を挙げる人が最も多く(43%)、続いてロシアに対する攻撃の抑止が挙げられている(25%)。一方で、NATO拡大の阻止を上げた人は14%にとどまっていた。
「ただし、戦争を契機にロシア国民の中のNATOに対する脅威認識が強まっていることも事実である。『ロシアにはNATOに加盟する西側諸国を恐れる理由がある』と考える人は、クリミア併合が行われた2014年ごろをピークに減少傾向にあり、2021年11月にその割合は48%であったが、軍事侵攻開始後の2022年5月には60%にまで上昇した。
また、半数以上(57%)が、ウクライナにおける死者や破壊の責任は米国やNATOにあると考えている。NATOに対して否定的な感情を持つ人も増加傾向にあり、2022年5月には82%にまで達した。このように、ロシアに根強い反米感情やNATOを敵視する感情が強化されていることは、国民の多くがウクライナへの軍事侵攻を支持している大きな要因になっていると考えられる」
つまり、軍事侵攻を続けるにつれ、ロシア国民の米国とNATOに対する反発が強まり、プーチン大統領の支持率上昇と結びついているわけだ。溝口氏は、こう結んでいる。
「西側諸国の協調のもとで大規模な経済制裁が行われてきたが、それが国民の戦争に対する意識を変化させるには至っていない。むしろ、米国やNATOに対する敵対意識は強化されており、それが国民の戦争に対する支持の姿勢を支えている。日本国内では、反戦運動の拡大がプーチン政権の行動を変えたり、プーチン政権を打倒したりすることを期待する声もあるが、現時点ではそのような傾向は見られていない」
戦争を長引かせているロシアの「二つの無関心」
公益財団法人・日本国際問題研究所研究員の伏田寛範氏も、リポート「長期化するウクライナ戦争―経済制裁のロシア経済・社会への影響の観点から―」(8月12日付)で、ロシアの世論調査を分析。政府系と独立系の、二つの世論調査機関の代表のコメントから、ロシア国民の戦争に対する考え方を浮き彫りにした。
伏田氏によると、プーチン大統領が高い支持率を集めている現状を、政府系世論調査機関の全ロシア世論調査センターのワレリー・フョードロフ所長は「ドンバス・コンセンサス」と名付けたという。「ドンバス」とは今まさに紛争の焦点になっているウクライナ東部のことだ。
「フョードロフ所長は、この「ドンバス・コンセンサス」の背景には、(1)2014年のクリミア併合以降、ロシアは西側の制裁を受け続けているが、その『ニューノーマル』の現状を国民は受け入れており『制裁慣れ』している。
(2)今回の制裁にしても現時点では市民生活にそれほど大きな影響が出ていないために、人々には今回も危機を乗り越えられるにちがいないといった「自信」がある、といったことに加え、(3)ロシア国民はこれまでのプーチンの外交政策の『実績』を買っており、今回の戦争についても『自分たちにはとうてい理解の及ばない、プーチンの奥深く正しい判断に違いない』と考えている、といった要因があるのではないかと述べている」
一方、独立系世論調査機関の代表はどう見ているのか。
「独立系世論調査機関のレヴァダ・センターのレフ・グトコフ研究部長は、人々は日々の生活をどうするかで精いっぱいで政治や戦争に関心が向かっておらず、こうした人々の『無関心』が結果的にプーチン政権とその政策を支えているのだとみている。
だが、制裁の影響が現実味をもって感じられるようになれば、人々は『無関心』ではいられず、いずれは政権批判につながっていくだろうと同研究部長は指摘する」
いずれにしても、日々の生活で精いっぱいという「無関心」と、「これまでのプーチンと同様、今回の戦争もきっと正しいに違いない」といった他人任せの「無関心」という、二つの「無関心」が戦争を長引かせているというのだ。
ロシアを襲う! 国債のデフォルトと原油価格下落
さて結局、経済制裁は効いてくるのだろうか。「戦争継続の障害になるほど強力なダメージとして効いてくる」と主張するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「ウクライナ侵攻半年の世界経済:景気を犠牲にした物価安定の回復とロシア経済・戦争継続への逆風が視野に」(8月22日付)の中で、こう述べている。
「先進国の対ロシア制裁が段階的に強化されていくなか、国防費の急増によりロシアの財政収支はマイナス2600億ルーブル超と、月次ベースで初めて赤字に転じている。もはや、エネルギー輸出で戦費は賄われない状況になってきているだろう。
外貨建て国債が事実上のデフォルト(債務不履行)に陥るなか、ロシアは海外からの資金調達の道が閉ざされている。さらに外貨準備のほとんどは海外で凍結されてしまった。そのもとでは、対外収支はバランスする必要がある。そうした中で、輸出が制裁措置によって縮小を強いられれば、それに合わせて輸入も縮小することを強いられる。そうなれば、生活に必要な輸入品は減少し、物不足がインフレ圧力を高めるだろう。さらに、輸入部品、原材料が減少する中、ロシア国内での生産活動にも悪影響が及んでいく。それは軍需産業についても同様である」
ロシアの戦争資金を調達してきた原油価格が下落していることもマイナス材料だ。
「世界経済の減速懸念を背景に、すでに原油価格は下落傾向を見せ始めている。これは、ロシア経済、財政に一段と打撃となっているはずだ。さらに、欧州でロシア産天然ガスからの脱却が進められているなか、冬場の需要期を過ぎれば、天然ガスの価格も下落に転じるだろう。そうなれば、ロシア経済の苦境は一段と強まり、いよいよ戦争の継続にも大きな障害となってくるのではないか」
(福田和郎)