強気のプーチン露大統領...ブーメランに苦しむ欧州、「抜け道」に群がる国々【ロシアへの経済制裁はなぜ効かない?】(上)

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   2022年2月24日にロシアがウクライナに軍事侵攻して半年が過ぎ、戦争は長期戦の膠着状態に入った。

   西側諸国はロシアに厳しい経済制裁を幾重にも科し、停戦圧力を加えてきたが、欧米が期待するような成果はあがっていない。むしろ、エネルギー危機が拡大して欧州に歴史的なインフレが襲来、市民生活が脅かされる事態に陥っている。

   果たして、ロシアへの経済制裁は効いているのか、いないのか? プーチン大統領が強気でいられる理由は? エコノミストの緊急リポートを読み解くと――。

  • いっこうに打撃を受けていないように見えるプーチン大統領(ロシア大統領府公式サイトより)
    いっこうに打撃を受けていないように見えるプーチン大統領(ロシア大統領府公式サイトより)
  • いっこうに打撃を受けていないように見えるプーチン大統領(ロシア大統領府公式サイトより)

最低賃金や年金引き上げ、子育て支援のバラマキ作戦

   報道によると、経済指標の推移はロシア経済の意外な好調さを物語っている。2022年7月27日に発表したロシア国家統計局の統計によると、ウクライナ侵攻直後の3月のインフレ率は7.6%であったが、4月には1.6%となり、6月にはマイナス0.35%にまで低下した。

   ロシアの失業率は、1月には4.4%だったが、3月には4.1%、5月には3.9%にまで下がっている。当初、外資系企業の相次ぐ撤退と経済混乱で、失業率が大幅に上昇するのではないかと予測されたが、公式統計を見る限り、逆に下がっているのだ。

   欧米による経済制裁の発動直後は、市民が買いだめに走り、スーパーの棚から商品が消えたという報道が相次いだが、一時的だったようだ。これは、ロシア政府の素早い対応が功を奏したとみられる。ウクライナ侵攻直後、政府は最低賃金の引き上げ、年金受給額の引き上げ、軍関係者への一時金支給、子育て世帯への補助金支給の拡充などを積極的に行った。こうした各種バラマキ政策も景気と市民生活を下支えしたようだ。

   朝日新聞(8月24日付)の「経済動じぬロシア ワイン・牛肉自給自足、石油・天然ガス高騰追い風」が、撤退した米スターバックスの資産を買収したロシア資本のコーヒー店に並ぶモスクワ市民の生活ぶりをこう伝える。

「ロゴはスタバそっくり。カップに名前を書くなどサービスもスタバそのままだ。(中略)米マクドナルドもロシア企業に事業を売却。国内チェーンの『おいしい。それだけ』が誕生し、市民は同じような味を楽しめている。
輸入の制約で品薄が懸念されたスーパーやレストランには商品が豊富に並ぶ。2014年にウクライナ南部クリミア半島を併合後、ロシアは欧米の制裁への対抗措置としてワインやチーズ、牛肉などの国産化を進めた成果もあるようだ」

   毎日新聞(8月25日付)の「制裁措置、双方に痛手 露、輸入減 供給網混乱」も、ニュアンスが少し厳しいが、こう伝える。

「大手マクドナルドの後継店『フクースナ・イ・トーチカ(おいしい、それだけ)』。(中略)。記者が店舗を訪れると、イワンさん(26)は『味は変わっていないが、メニューが少なくなったのが寂しい』とため息をついた」
「商標権などの関係からビッグマックなど一部の商品がメニューから消えた。イワンさんは『ここに限らず全般的に選択肢が狭まっている』と言う」

ロシア港を出港する石油タンカーに変化はない

モスクワの赤の広場。経済制裁は市民に効いているのか?
モスクワの赤の広場。経済制裁は市民に効いているのか?

   いったい、なぜ経済制裁の効果がみられないのか――。

   日本経済新聞(8月30日付)の「中国が学ぶ対ロシア制裁の限界」という記事につくThink!欄の「ひと口解説」コーナーでは、慶應義塾大学総合政策学部の白井さゆり教授(国際経済学)が、

「対ロシア制裁は前例のない規模で行われているが、SWIFT(国際銀行間通信協会)からすべてのロシア系銀行を排除せずにガス関連の銀行の決済を可能にするなど完全な意味での制裁ができていないこと、および西側が適用した制裁に参加せずロシアとの取引を継続した国や企業があっても二次的制裁が適用しにくいことが、効果を弱めている」

と指揮したうえで、

「ロシア港を出港する石油タンカーの貨物量はウクライナ戦争前と変化がないとの指摘もある。ロシア経済の4~6月期の経済成長率はマイナス4%とマイナス幅が小さかった。ロシアがノルドストリーム1のパイプラインを8月31日から9月2日まで閉鎖するためEUガス価格が急上昇しており、欧州経済への打撃も大きい」

と、むしろ欧州のほうの打撃が大きいと述べた。

   ニッセイ基礎研究所研究理事の伊藤さゆりさんも、こう指摘した。

「ドル、ユーロ、円、ポンドなど制裁に参加した通貨が国際取引に占める割合は、国の数やGDPに占める割合より遥かに高い。金融制裁の効果が期待された理由だ。しかし、エネルギー収入が得られるロシアは、国際金融市場へのアクセスが制限され、資本流入が絞られても麻痺しなかった。逆に、国際通貨や国際金融市場での圧倒的地位を武器化したことで、西側通貨や金融市場の地位低下は進みそうだ。(中略)グローバル化は、供給網だけでなく金融面でもピークは過去のものになったのではないか」

制裁の「抜け道」にインド、トルコ、ブラジル、中国

   大和総研 経済調査部エコノミストの増川智咲さんはリポート「対ロシア制裁は失敗なのか」(8月19日付)で、経済制裁の効果がなかなか表れない理由について「抜け道」の存在を指摘した。

   ロシア産エネルギーの輸入停止に移行期間が設けられているが、2022年8月半ば時点で、エネルギー全般の輸入停止をしているのは、米国、カナダ、オーストラリアの3か国だけ。この3か国は、もともとロシア産エネルギーへの依存度が低いうえ、ロシアにとっても3か国に対する輸出額は全体の約4%と小さい。お互いにほとんど痛みを感じないわけだ。

   問題は制裁に加わっていない国々だ。図表1は各国の対ロ輸入額を前年比で表したものだ。増川さんはこう指摘する。

図表1:大和総研の作成
図表1:大和総研の作成
「制裁に加わっていない国々がロシア産エネルギーの代替輸出先となっている点である。(中略)制裁参加国である米国、日本、韓国の輸入額が前年比で大きく低下しているのに対し、制裁に加わっていないインドやブラジルの対ロ輸入額は大きく増加している。インドは、アジアで中国に次ぐ石油精製能力を持つが、精製用の原油を輸入に依存している。そのため、割安なウラル産原油を購入し、石油製品を高価格で輸出することで、価格マージンを得るインセンティブが大きい。またブラジルは、ロシアへの依存度の高い、化学肥料や小麦の輸入を増加させている」

   ただし、増川さんは2023年には「抜け道の大半が塞がれる」として、「制裁は失敗ではなく、ロシア経済に負の影響をもたらしているのは確か」と結んでいる。

英国民はこの冬、食事か暖房かを選ばざるを得なくなる

「生活危機」に直面した英ロンドンの住宅街
「生活危機」に直面した英ロンドンの住宅街

   ロシアへの制裁がブーメランになって返ってきて、エネルギー危機による歴史的なインフレに直撃された欧州の苦境を、大和総研ロンドンリサーチセンター・シニアエコノミストの菅野泰夫氏がリポート「ロシアのガス供給戦略に翻弄される欧州 求められるのは脱・脱炭素か?」(8月25日付) で、ドイツと英国のケースを中心に伝えている。

   図表2はロシアのドイツなどへの報復によって供給を減らされた天然ガスの量と、その分、高騰したガスと石油のスポット価格の推移だ。いかに凄まじい天然ガス不足が欧州を襲っているかがわかる。菅野氏はまずドイツの状況をこう伝える。

図表2:大和総研の作成
図表2:大和総研の作成
「政府はガス配給制導入に向けて準備を進める一方で、シャワー時間を短縮するといった省エネを促し、冬までにガス施設の貯蔵量を引き上げようと必死の努力を続けている。一部都市では既に公共施設での温水供給や公園の噴水、歴史的建造物のライトアップを止めるといった涙ぐましい施策も導入されている。
なお配給制となれば、一般家庭や病院、介護施設また発電など特定産業への供給が優先されるが、他のセクターへの供給は削減されることになり、経済への打撃は必至である。当局は大手企業からデータを収集し、規模や経済的なダメージ、特定施設の再開のコストや期間など6つの基準によって、配給制が導入されたときの休業リストを策定している」

といった状況だ。

   英国の場合は、ロシアのウクライナ侵攻だけが原因ではない。急速な脱炭素社会への移行の反動や、化石燃料に対する投資の急減も加わって、「生活危機」の状況に陥った。

「コロナ危機による行動制限の緩和でガスの需要が急増したうえ、ロシアからの供給に懸念が生じたためにエネルギー価格は急速に上昇し、40年来の高水準となる10%を超えるインフレの主因となっている。政府は一度限りの400ポンド(約6万4800円)のエネルギー料金割引や、地方税の一部還付といった支援パッケージを策定したが、焼け石に水の感がある(食品価格も高騰しており、生活費危機は改善の糸口が見えない状態にある)」
「低所得層では冬にかけて、食事か暖房かを選ばざるを得なくなる事態も十分に考えられる。エネルギー料金の高騰で巨利を得たエネルギー企業への怒りも強まり、料金の支払いを拒否する市民運動も高まりつつある」

といったありさまなのだ。

バイデン大統領の狙いは「持続可能な経済制裁」?

「持続可能な経済制裁」がバイデン大統領の狙いだった?(ホワイトハウス公式サイトより)
「持続可能な経済制裁」がバイデン大統領の狙いだった?(ホワイトハウス公式サイトより)

   ところで、経済制裁は一定の目的を果たしていることを、非常にユニークな視点から分析したのが、丸紅経済研究所のリポート「ロシアレポート特別号:制裁の目的はプーチンに戦略的失敗を理解させること」(8月15日付)だ。

   リポートでは、

「経済制裁はロシアの侵攻を即時に停止させるようには効いていないようにみえる。それでは経済制裁の目的はなにか」

と問いかけて、こう続ける。

「ホワイトハウスのホームページをみると、『~そして第2に、誰も制裁が何かが起こるのを防ぐことを期待していませんでした。これは時間がかかるでしょう(this is going to take time.)』というバイデン大統領の2月24日付発言がある。さらに調べると同日ダリープ・シン米国家安全保障補佐官は次のように述べている。『そして最後に、私が前に述べたように、それら(経済制裁)は持続可能でなければなりません。これらの制裁は長期的に機能します。それが私たちの設計を導くものです』
そして2月26日付のホワイトハウス声明は、一連の制裁の目的を明示(We will hold Russia to account and collectively ensure that this war is a strategic failure for Putin.)している。要するに『持続可能、長期的、失敗をわからせる』が一連の経済制裁のキーワードなのだ。そう考えるとロシアからのエネルギーの流れを一定程度維持することで持続可能性を高めた今回の経済制裁はここまで一定の目的を果たしていると言える」

と、結んでいる。

   「持続可能な経済制裁」で、プーチン大統領に失敗をわからせることがバイデン大統領の狙いだったとは......。しかし、プーチン大統領は「失敗」と認めているのだろうか。

   <「プーチンの奥深い正しい判断」信じるロシア国民...命とりになる? 国債のデフォルト【ロシアへの経済制裁はなぜ効かない?】(下)>に続きます。

(福田和郎)

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